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#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 番外編 人間って不思議だよな 前編」

「人間って不思議だよな」
 小河童は自分の頭にのっている皿を葉で綺麗に拭きながら言った。
「えっと、何が不思議なの?」
 ぼくは不思議に思い、つい小河童に聞いてみた。輪入道(わにゅうどう)は、困った顔をしながら話を聞いている。そんなに怖いなら、無利して聞かなくてもいいのに。
「だってさあ、俺っちらのこと、怖い、怖いっていう割に、肝試しに来たりするだろう。それにほら、怖い話をまとめた演目をわざわざ皆で見るんだ。やっぱり不思議だよな」
 確かにそうだ。人間はぼくらのことを怖がっている割に、ぼくらを畏れていない。確かに不思議だなと思っている時、子河童から
「なあ、この近くでさあ、人間達がいわゆる怖い話の演目を作ってるんだってよお。ちょっと見に行ってみねえか?」
 子河童は散歩に行かないかのような風でとんでもない提案をしてきた。その提案に真っ先に反応したのは、輪入道(わにゅうどう)だ。
「えっ……! おいら怖いよ」
 本当に怖いみたいだ、輪入道(わにゅうどう)は車輪をガタガタと震わせ涙目で言っている。
「え。輪入道(わにゅうどう)付き合い悪すぎだぞ。狐、おまえは来るよな?」
「えっと……」
 正直に言うと、ぼくも少し怖い。何で子河童はいつも平気そうにしているんだろう。子河童は、ぼくが強く否定しないことを了承と取ったようで、ぼくの手を引き歩き始めた。
「ちょっと、待ってよ!心の準備ができてない……!」
「遅くなると、演目見れなくなっちまうぞ!」
「ちょっと、子河童達本当に行くの? やだ、置いてかないでくれよ!」

「やったぜ、これから演目を始めるみたいだ。まだ始まってない!」
「……輪入道(わにゅうどう)、大丈夫なの。無理して着いてこなくてもよかったんだよ」
「あそこにひとりで残されるほうが、もっと怖い……」
「そっか……。無理しないでね」
 輪入道(わにゅうどう)も心配だが、少し興味が出てきた。人間達のことを知るのには、ちょうどいいかもしれない。冊子と筆を取りだし、記録を取る準備をする。

〇  〇  〇

「ああ、もう。ここ本当になにか出そうじゃないですか……。吉田さん、これ本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫でしょ、今回の撮影の為に霊能者さんも呼んだんでしょ?今日の撮影が終わったら、直ぐにお祓いへ行くらしいし」
 その霊能者が役に立つといいけど、正直胡散臭い……。さっきから適当に地縛霊がどうの言っているが、多分出まかせだ。そうなのだ、私はいわゆる霊感があるほうだ。
 そして霊能力者が指さしている方向とは、まったく別の場所から何か視線を感じる。ひええ、怖いよ。なんで、吉田さんよりにもよってホラー映画の主演の仕事持ってきたの?!
 私苦手だって言ったよね、私の初主演なのに!
「杏梨さん出番です、よろしくお願いいたします」
 スタッフさんが私に出番を伝えに来た。その瞬間背中をパンッと叩かれる。マネージャーの吉田さんが気合入れをしてくれたらしい。
「ほら、そんな顔しない!シャキッとしなさい」
「分かりました」
 そうだ、これは仕事だ。そして私はプロの女優だ。私情を挟んじゃいけない。完璧な演技をして、最短時間で撮影を終わらせる!

〇  〇  〇

「おっ!始まるみたいだぜ。今回の演目は廃墟になった病院から、事件の手がかりを探す物語らしい。えっと、こういう演目の事を『ほらー』というみたいだ。ちなみにこういう演目のことは『えいが』な」
「へえ、子河童は物知りだね」
「そうだろ、そうだろ?もっと褒めてもいいんだぜ」
 輪入道(わにゅうどう)は素直に感心しているが、ぼくは気になることがあった。
「あのさ、子河童」
「うん、なんだ狐?」
「その情報どこで知ったの?」
 子河童はきょとんした顔をした後、一冊の冊子を取り出した。
「さっき、そこの机から借りた本に書いてあった!」
 冊子には、怪奇事件手帳(仮)台本と書かれている。ぼくはさっと顔を青ざめた。
「それ、まずいよ! 人間たちの本でしょ?! 誰かのだったら、どうするんだよ!」
「いや、たった一冊無くても大丈夫だろ。あんなに一杯あるんだし」
 いや、そういことではないと言おうとしたときだった。
「あれ、私の台本どこにいっちゃったんだろう......?」
 子河童の持っている冊子の下に、「杏梨」という字が書かれている。どうやらあの人間の本みたいだ。
「杏梨さん、もう出番なんで建物の中入りますよ」
「分かりました。はあ、直前まで確認したかったんだけどな。心情メモとか書いてあったのに……。ああ、もう! 今日ついてないわね」
 そう言って、廃墟の建物の中に人間達は入っていった。

 ぼくはあわてて、子河童から冊子を奪い取りこう言った。
「ぼく、返してくる!」
「狐?!」
 後ろから輪入道(わにゅうどう)の心配そうな声を聞きながら、ぼくは慌てて建物に入っていった。

〇  〇  〇

「狐!あいつ流石早いな。いやそれにしても、こんな面白そうなこと見ないなんて、勿体ない。よし、輪入道(わにゅうどう)!俺っちたちも行くぜ!お前ここで待ってろ!」
「えっ、ちょっと待って……」
 輪入道(わにゅうどう)の制止も聞かずに子河童も建物に入っていった。輪入道(わにゅうどう)は、車輪についた顔がこれでもかと歪んだ。
「どうして、みんなおいらを置いていくんだよ。おいらも行くから待ってよ!」
 半分涙目になりながら建物に入ろうとした輪入道(わにゅうどう)だったが、車輪が大きすぎて入れない。輪入道(わにゅうどう)は、まだ車輪の大きさの調整や透り抜けはうまくできない。ということは、
「おいら、ここで待ちぼうけ? 嫌だよ。狐、子河童、早く帰ってきてくれよ――!」
 輪入道(わにゅうどう)の泣き言だけが辺りに響いた。この声が聞こえるのは、狐と子河童、そして霊感のある女優の杏梨のみである。

〇  〇  〇

「ここが第二の事件のご家族が入院していた部屋ね。ちょっと、倉田くんはそっちを探して、私はベッドの周辺を調べてみる」
 ポーカーフェイスを保ちながら、事件の謎を追いかける記者役に務める。内心、心臓の音がバクバクしているけど。先ほど入口のほうから、「嫌だよ。帰ってきてくれよ」という男の子の声がした。その声を聞いたとき、もう寒気どころではなく、本当に心底怖かった。でも他のスタッフも共演者も霊能者すらも全く反応なしだ。
 やっぱり、あの霊能者インチキじゃない。もう、頑張って早く終わらせよう……。それにさっきからカメラの後ろのほうから、何か視線を感じる。そして、なんか私を見ているのは、気のせいかな、駄目だ。こういうときは、視線に気づかないようにしないと。

 集中だ、集中……!

〇  〇  〇

「へえ、こうやってあたかも本当にあったかのように演じるんだ。面白いなあ、人間って。でも『えいが』ってどうやって見るんだろう?」
 ぼくは人間の演目に釘付けになっていた。なんで、こんな迫真な演技ができるのだろうか。だって作り話なんだろう、なんというかすごく興味深い。そんなぼくを見て、子河童が
「狐、お前その本返すんじゃなかったのかよ。何、熱心に観察してるんだ。まったく、狐はよ」
 狐の様子に呆れた様子で見ている子河童は、狐が持っていた人間の冊子をそっと近くの椅子の上に置いた。これが大失敗だった。

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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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