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#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 第六話」

 今日も師匠(せんせい)のもとで学び終わった後、子河童と輪入道(わにゅうどう)と『人間観察』を始めようと思ったときだった。
「ねえ、なんか人間の子どもがいるよ」
 と輪入道(わにゅうどう)がぼくたちに言った。そう、ぼくも気になっていたんだ。さっきから、ぼくが棲む祠(ほこら)に、人間の子どもがずっと一人でいる。ここら辺に住んでいる子どもではないはずだ。だって見覚えがない。
 その子どもは困ったように、祠(ほこら)の近くで座り込んでいる。
どうしたんだろう?
輪入道(わにゅうどう)も心配そうに見ている。子河童は興味なさそうに、
「迷子だろ、多分」
 と言って、夕餉用のきゅうりに齧りついていた。その反応に、ぼくはあれっと疑問を感じる。
 子河童は人間に対して、無関心だった。でもぼくの「人間観察」には、率先して手伝ってくれていたから、最近は子河童も人間に興味を持ったのだと思っていた。
 たまに、子河童が何を考えているのか分からないことがある。昔はこんな風に、相手の様子を窺うまでもなく、気の置けない仲だったのになあ。
 そう思いながら、人間の子どもに視線を向けた。
 このままでは、日が暮れてしまう。本当に迷子だったら、まずいぞ。どうすればいいんだ。ぼくの不安を感じ取ったのか、輪入道(わにゅうどう)も子河童に、
「ねえ、どうする?」
 と尋ねた。子河童はきゅうりを食べ終わると一呼吸ついて、
「どうもしないさ。俺っち達には、何もできないだろ」
 と当たり前のように言った。確かに子河童の言うとおりなのだが、
「気にならないの?」
 と子河童の意見を聞いてみる。
「気になる、ならないも、いつも通りだろ、人間観察をやっておしまい。人間には干渉しちゃいけないって、師匠(せんせい)も言ってただろう。この前の『えいが』のときみたいに、何か問題を起こしたら、師匠(せんせい)の雷が落ちるぞ」
 子河童は事実を淡々と言った。
 確かにそうだけど、あの人間の子どもは大丈夫なのだろうか。
人間の子どもの様子を観察していたら、急にぽろぽろと泣き始めた。その瞬間、ぼくと輪入道(わにゅうどう)は動揺し、子河童ははあっとため息を吐いた。
「どうしよう、泣き出しちゃったよ!」
「えっ、寂しくてだよね。おいらたちのこと気づいてないよね?」
「気づいてねえよ、多分」
 反応が三妖怪三様だ。というより、子河童の反応に少し苛立ちを覚えたぼくは、
「ちょっと、子河童。そんな無責任なこと言うなよ」
「狐と輪入道(わにゅうどう)が気にしすぎなんだよ」
 輪入道(わにゅうどう)がオロオロした様子でぼくたちを見ている。
「だいたい、人間に気づかれちゃいけないんだから、仕方ないだろう。俺っち間違ったこと言ってるか?」
「正論だからって、いつも正しいと思うなよ」
ぼくと子河童はどんどん険悪な空気で、喧嘩し始める。その瞬間輪入道(わにゅうどう)が、
「ひいっ」
 と小さく悲鳴を上げた。その悲鳴に驚いたぼくたちは、輪入道(わにゅうどう)をぱっと見た。
「輪入道(わにゅうどう)、どうしたの?」
「おい、どうしたんだよ」
「……っ!」
 すると、輪入道(わにゅうどう)は体を震わせながら、一点を見つめていた。先ほど、人間の子どもがいた方向だ。ぼくは慌ててその方向を見た。
「えっ?」
「嘘だろ」
 なんと人間の子どもがこちらを見ている。いや、ぼくたちの姿は見えないよね。そんな期待もすぐに打ち砕かれた。
「そこに居るのは、誰?」
 と尋ねてきたのだ。間違いない、こちらに気づいている。まだ辺りが暗いから、ばれていないが、近づかれたらぼくたちが妖怪であることがばれてしまう。
「まずい。ずらかるぞ」
 と子河童がぼくたちに声をかけた。
「うん」
 そういったとき、輪入道(わにゅうどう)の様子に気づいた。輪入道(わにゅうどう)は、体を震わせ、ぼくたちの声が届いていないようだった。
「輪入道(わにゅうどう)、ここを離れないと」
「おい、頼むからしっかりしてくれって」
 と慌てて、輪入道(わにゅうどう)を引っ張ろうとする。人間の子どもが近づいていくる。
「えっ、何。ひっ……」
 と人間の子どもが近づき、今度こそぼくたちの姿を捉えた。ぼくたちは大層、間抜けな顔をしているに違いない。
「あ、やらかした」
「終わったな、俺っちたち」
「ギャア」
 と輪入道(わにゅうどう)の悲鳴が上がった。人間の子どももびっくりとして、腰を抜かしている。
「輪入道(わにゅうどう)、落ち着け。本当に落ち着いてくれ」
「ど、どうしよう……」
 と流石に子河童も頭を抱えている。輪入道(わにゅうどう)は気絶している。ぼくと子河童だけ、先にずらかるわけにもいかない。
ど、どうすればいいんだ?
 人間の子どもは、最初こそ驚いて腰を抜かしていたが、ぼくたちの様子を見て、落ち着きを取り戻していった。
「君たち、狐と河童とあとなんだろう。妖怪なの?」 
 としゃべり始めた。なんて豪胆な子だ 。
「人間が気安く話しかけんじゃねえ。さっさと家に帰んな」
 と子河童は、大層悪そうな雰囲気で威嚇する。人間の子どもは俯きながら呟いた。
「帰り方、分からない」
 予想外の返事だったのか、子河童の呆れと苛立ちを含んだ様子で、
「はあっ?」
「帰り方、分かんないんだよ!」
 そう言って、人間の子どもはわあっと泣き出した。子河童も流石に驚いたのか、
「おい、泣くなよ。ここら辺に住んでいる人間に聞けばいいだろ」
「そんな、かっこ悪いことしたくない!」
「なんて面倒くさいやつなんだ、この人間は」
 ぼくは子河童と人間の子どものやりとりを見ていたら、少し落ち着いた。
「えっと、近くの人間の住む家まで送ってくとかどうかな」
「ちょっと待て、狐。お前何とんでもない提案を出すんだ。師匠(せんせい)に怒られるぞ、前のときよりももっと!」
 子河童は顔面を真っ青にして言った。ぼくの提案に人間の子どもは、
「いいの?」
 と聞いてきた。
「おい待て、人間。さっきの俺っちへの態度と随分違うじゃないか」
「人間って呼ぶな、僕には尾西京維って名前があるんだ!」
 と子河童に噛みついている。なんでだろう、いつも頼りになる子河童がこんな風な態度を取ることに僕は驚いていた。
「ねえ」
 ふいに人間の子どもに声をかけられる。
「えっと、なに」
「人がいる家がある近くまで連れてってくれる?」
 ぼくは少し迷いながら、気づいたら、
「いいよ」
 と答えていた。子河童が僕の頭をはたきながら、
「おい、狐。本気か?」
「どっちみち、ぼくらのことに気づいた時点でもうまずい状況になってるよ」
 ぼくがそう言った瞬間、子河童は黙った。そしてすぐに大きなわざとらしいため息を吐くと、
「パッと連れてって、すぐにずらかるぞ。あと輪入道(わにゅうどう)、さっさと起きな」
 と言って、子河童は輪入道(わにゅうどう)を無理矢理起こす。輪入道(わにゅうどう)はのろのろと目を開け、
「なんか、おいら嫌な夢を見てたような……?」
「残念ながら、悪夢は終わってないぜ。むしろ始まりだ」

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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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