#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 第三話」

「なあ、輪入道(わにゅうどう)」
と俺っちは丸薬を作りながら輪入道(わにゅうどう)に声をかけた。輪入道(わにゅうどう)は体をびくっと震わせながら、
「子河童、どうしたの」
 と返事をする。しまった、機嫌が悪いのが声色に出ていたようだ。
「狐、最近様子がおかしくないか」
 俺っちは普通を装いながら、気にかかっていることを口にした。そうなのだ、最近狐の様子がおかしい。具体的に言うと、よそよそしいというか、何か隠し事をされている気がする。俺っちの言葉に、輪入道(わにゅうどう)はうんうんと頷いている。やっぱり俺っちの気のせいではないらしい。
 狐との付き合いは長い。長い付き合いの中で、こんなことは初めてだからとても気になるし、なんだか無性に腹が立つ。そのとき、輪入道(わにゅうどう)が「あっ」と何か気づいたように小さく声を上げた。
「そういえば、最近狐よく師匠(せんせい)のところに来てるよ」
 と輪入道(わにゅうどう)が言った。
「狐が師匠(せんせい)のところに?なんで俺っち達とは一緒に行かないんだ。輪入道(わにゅうどう)も一緒に話してるのか」
 まさか俺っちだけ除け者なのかと、内心焦った。俺っちの言葉を聞いて、輪入道(わにゅうどう)は顔を横に振る。
「ううん、師匠(せんせい)と狐だけ。おいらも気になって師匠(せんせい)に聞いたんだけど、教えてくれなくて」
 と輪入道(わにゅうどう)が寂しそうに言った。これはまずい。狐に隠し事をされるのも悲しいが、輪入道(わにゅうどう)にとっては、師匠(せんせい)に教えてもらえないことが相当堪えるはずだ。俺っちは仕方ないと丸薬を作る水かきの動きを止めて、輪入道(わにゅうどう)にこう言った。
「輪入道(わにゅうどう)、狐の跡をこっそり付けてみようぜ」
 と言った。きっと今、俺っちは悪い顔をしながら笑っているに違いない。俺っちの表情に輪入道(わにゅうどう)は怯えながら、うんと頷いた。なんだか無理矢理輪入道(わにゅうどう)を巻き込んだ風になったが、俺っち達に隠し事をしている狐が悪い。後で、隠し事を洗いざらい白状してもらおう。

「人間について分かったことをって、何を書けばいいんだろう……」
 師匠(せんせい)からの課題は、予想以上に難しい。これはかなりの難問を出されたのではないか。まず人間の生態についてまとめてみた。
 一、人間は二本の足を持って歩くことができる。
 師匠(せんせい)に冊子を見せると、師匠(せんせい)は「直立二足歩行ですね」と言った。当たり前のようだが、妖怪のぼくたちにとっては驚きである。足自体がない妖怪だっているのだから、立派な特徴だ。
 二、人間の寿命は、七十歳ととても短命な生き物だ。
 そう言うと師匠(せんせい)は「人間にも個体差がありますが、だいたい七十年くらいですね」と言って、「よく観察していますね」と言葉を付け加えた。
師匠(せんせい)とそんなやりとりを二月もやっていたら、冊子の折り返しまできてしまった。そんなに書いたのかと思うのと同時に、書くことがなくなって困ってしまった。
 はあっとため息をつきながら、とぼとぼと帰路に向かうと、数ヶ月ぶりにあの高齢の人間が祠(ほこら)の前で参拝していた。ああ、何だ。やっぱりただの気まぐれで参拝にこなかっただけかと、不思議と安心する。しかし安心はすぐに違和感に変わった。
 あの人間は、あんなにも弱々しかっただろうか。
 腰が以前より曲がって、小柄なのに余計に小さく見える。なんだか、少し風に吹かれたらポキッと枝が折れそうな弱々しさだ。
 すると春にして少し寒い風がひゅーっと吹いた。風が吹くと同時に、人間はケホケホと苦しそうに咳き込みだした。大丈夫だろうか、なんとなく心配を感じつつ様子を窺う。そのときだった。
「おばあちゃん! 」
 あのとき人間を迎えきた若い女が、咳き込んでいる人間に駆け寄ってきた。
「おばあちゃん、もうあんまり無理しないでよ。私の心臓に悪いから」
 若い女が泣きそうな表情で、人間の背をさすっている。その様子に力なく人間が笑うと
「さっちゃん、ごめんね。でもお稲荷さんに……、最後にご挨拶しないと思ってね」
 とすまなそうな顔をしながら言った。それよりも人間は、気になる言葉を言っていた。
 最後?
 もうこの人間は参拝に来ないのだろうか……、どうして?
 ぼくは冊子をぎゅっと持ちながら、じっと二人の人間の様子を窺う。
「最後なんて言わないで、病院に行けば治るよきっと。だからまたお参りに来よう」
 若い女がそう言いながら、顔くしゃくしゃに歪めている。気を抜いたら泣き出してしまいそうな、そんな表情だ。
「そうね、またお参りに来ればいいのよね、さっちゃん。じゃあ行きましょうか」
 人間はそう言って、頭を少し下げて若い人間の女と共に家に帰った。
「またお参り来ますね」
 帰り際、人間がそう呟いていたのをぼくは聞き逃さなかった。嬉しいはずの言葉なのに、何故か寂しい。人間はまたお参りに来ないだろう、とそんな気がした。

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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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