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つよがり(短編小説「ミスチルが聴こえる」)




「それで、お前は美月ちゃんのことが好きなんだろう?」
 僕の目の前で苛立っている健は、まるで自分のことのように真剣だった。
「まあ、好きだけど」
 対して僕は、彼の溢れた情熱に引いてしまっている。
「だけど?」
「だけど、近寄りづらいというか」
「どこが?」
「いや、美月はどこか変わり者だし、踏み込めない領域を持っているからさ」
「そんなもの、お前が壊せばいいだろ。何をさっきからブツブツ言っているんだよ」
「怖いんだ」
「は、何が?」
「いや、僕が彼女の中へ無責任に飛び込んでしまうことだよ。僕は美月が好き。だからこそ、そっとしておきたいって思うことがある。それに、美月はつよがりだから」
「つよがり、ねえ」
 健はスッと前のめりになった身体を引いて、一つ深いため息を吐いた。
「つよがりっていうのは、強く見せることだ。言い換えてしまえば、弱い証拠でもある。一つ聞くけど、お前は弱い人間を放って置けるか?」
「いや、そう言われると……」
「お前は、なんだかんだ理由をつけて現実逃避したいだけなんだよ。本当はお互い弱いのに、なぜか美月ちゃんのことだけ訳ありにして、お前は逃げ腰のままだ。それじゃあ、だめだ。ちゃんと向き合ってあげないと。ちゃんと抱きしめてやらないと、美月ちゃんは解放されないぞ」
 同い年なのに、健が僕よりも遥か年上の人間に見えてしまうのは、彼の剃っていない髭のせいだと思いたい。だけど、現に僕は椅子から立ち上がっている。健の言葉によって、衝動を抑えきれずにいる。
「行ってくる」
「おう。頑張ってこいよ」
 僕は健に一礼して、情熱を帯びた心でつよがっている美月の心を開きにいく。僕自身のつよがりを捨てて。

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