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HANABI『ミスチルが聴こえる』



 晩夏。僕らの上に広がる夜空に、火の花が咲いた。それは温かく、煙の匂いがした。
「若いっていうのは、とても幸せなことだよ。だって、若ければ何にだって挑戦できるからね。それに、若さは純粋である証でもある。何も知らない分、スッと飛び込めるパワーだってある。若いというだけで、未来は明るく見える」
 父さんは目を細めながら夜空を見上げ、打ちあがる炎の輝きに投げかけるように言った。
「父さんだって、まだまだ若いでしょう。何か目指せばいいじゃないか」
「そうだな。もう一回、夢を追ってもいいかもしれないな」
 だが、父さんの顔は闇よりも暗く、光を当てても吸い込まれてしまいそうだった。
「でも、流石に五十五歳でプロ野球選手は目指せないな」
 父さんは笑っていたが、声はカラカラに渇いていた。まるで枯れた花みたいだ。水を与えても、もう綺麗な色には戻らないだろう。
「俺の夢は、この花火みたいに散ってしまった。美しい瞬間はあった。だけど、最後は綺麗さっぱり無くなってしまった。そして、残ったのは沈黙だけだった。永遠の沈黙さ」
 父さんは僕を見ずに、ずっと一点に注目していた。そこに一つの星があった。光明の薄い、だけど確実に存在する小さな星だった。
 父さんのプロ野球選手になるという夢はあえなく潰えた。僕が知っている父さんはバットを振らない代わりにゴルフクラブを振り、ユニフォームの代わりにスーツを着ている。それが、父さんにとっては失望の先で手に入れた人生だった。そんな人生は忙しいが退屈で、燻んだ空が永遠に続く気分だったのかもしれない。
 僕は、そんな父さんを想った言葉をかけた。
「でも、希望を捨てる必要はないよ。希望を捨てたら、人生は終わりだから。それに、夢はいくらでも探すことができる。叶わぬ夢もあるけれど、残された夢だってたくさんあると思うよ。だから、これからも楽しく生きていてほしいかな」
 夢も希望もない人生は、あまりにも寂しい。父さんには少しでもいいからこの花火みたいな煌めきを持っていてほしかった。
「そうだよな。夢も希望も無くなったら、あまりにもつまらない人生だよな」
 よし、何かできることを探すか。最後の花火が打ち上がった後で横を見ると、父は機嫌よさそうに笑っていた。

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