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やさしさ (短編小説)



 君には、やさしさが詰まっている。ぎゅうぎゅうに、破裂しちゃうくらいに。僕はそんな君が好きだった。パンパンに、こっちもまた、破裂してしまいそうだ。
 囁くような君の声。僕はそれを辿るように、君の後ろを歩いた。君はいつでも頬が緩んでいて、僕の中に潜む悪魔を浄化してくれた。
 君が僕を導いた先には、穏やかをかき集めた自然が調和していた。穢れを知らない青空。静かに砂浜を喰う波。鬱屈した人たちを慰めるような陽光。それを浴びる群青色の大海原。君は言った。
「わたしたち、永遠になれるかな?」
 僕はうまく飲み込めなかったけど、とりあえず君に言った。
「どうだろうね」
 すると、君はそっと僕の手を繋いで、少し怯えた声で僕に言った。
「わたし、一人でいるのが怖い」
「それは僕も一緒だよ」
「だから文也くんを頼っちゃう」
「僕も、エミにすがってしまうよ」
「わたし、文也くんがそばにいる世界が好き」
 偽りのない愛。僕はつないでいる手をギュッと握りしめて、「その言葉、僕もそっくりそのままお返しするよ」とらしくないことを言った。
「ありがとう」
 そして二人は、冥のないやさしさに包まれた世界で、空気に混らないほど純粋な気持ちで唇を重ね合った。


「うっせえ! おめえが悪いんだろ! おめえ店員だろ? なんだよその舐め腐った態度は! ざけんじゃねえ、こっちは神様だぞ!」
 今、目の前でエミが怒鳴り声を上げて大暴れしている。僕は必死で止めるが、「おめえには関係ねえよ、ボケが!」と言われる始末だ。酒乱が激しいにも程がある。
 エミはやさしい。エミはやさしい。と思うけど。
「なんだよこの居酒屋! おい! 偉い人呼べよ! てめえじゃ話にならねえんだよ!」
 エミはやさしいのに。いや、やさしいのか?
 僕はグラスに入った、泡の抜けたビールを見て思う。
 エミ、お前はやさしくない。 


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