見出し画像

ナイトウォーカー『Night Walker』




「いやあ、参ったよ。だって待ち合わせの時間になっても、ミーちゃんいないんだから。いや、俺が五分遅れたのが悪いのかもしれないけどさ、ちゃんと連絡入れたし、電車の遅れってどうしようもないじゃん。え、ミーちゃんはお前が好みの顔じゃなかったから帰ったって? その可能性は否定したいけど、俺もおっさんだからなあ。ああ、今年で三十五。正直パパ活目的の女の子に会っている時間があったら結婚相手を探せって話だけど、俺は一生遊んでいたいからさ。ほら、恋愛って面倒じゃん。何かと。その面、パパ活は俺も楽だし相手も金貰えるし、ウィンウィンってわけ。あーあ。ミーちゃんに会って見たかったなあ。写真めっちゃ美人だったからさ。それにしても、この街初めて来たんだよね。そうそう、ミーちゃんの都合で俺が合わせた感じ。まあ、都会ほど栄えてないよ。頑張って都会風を装っている景色だな、これは。なんか道端でラップバトルして盛り上がっているガキどもがいるし。まあせっかく来たわけだし、ちょっと街を歩いて美味そうな飯屋でも探してみるわ。じゃあ、また今度。はい、はーい」

 どうせ金も無いし、チェーン店で適当に丼飯でも食らうか。俺はちょうど良さそうな飯屋を探すために、よく知らぬ街を練り歩いてみた。所々個人経営の店もあるようで、行列のできているラーメン屋は気になった。

「Rain。シンプルだが洒落た名前だな」

 俺は店の中に入り、男女二人組の隣に腰をかけた。内装はあらゆるところにアンティークな雑貨が散りばめられていて店内をユニークな雰囲気にしていた。単体だと絶対に無意味な空き缶も、この部屋だとワンポイントアイテムとして存在感を放っている。不思議な光景だった。

 俺は店内でおすすめだというバターチキンカレーとビールを頼み、スマホをいじりながら隣のカップルの会話を盗み聞きしてみた。

 どうやら二人は久々の再会だったようで、昔話をしながら盛り上がっていた。カップルなのか不明だったが、彼らを包む空間は朗らかなピンク色をしていた。

 俺もミーちゃんとデートしたかったなあ。

 虚しさをよそに、運ばれてきたカレーを食べ、ビールでそれを流し込む。程よい香辛料とシュワシュワのビールの相性は抜群で、考えることはたくさんあるのに、何もかもがどうでもよくなってしまう。恋愛、結婚、仕事、親、晩年、死。これから俺は何を目的として生きていくのか。三十五ともなれば、一つや二つ背負うものがあるはずだが、俺はそれらを背負わずにここまでやってきた。そのツケが襲ってきていることくらいわかっていた。だが難しい未来や不安定な未来を想像すると吐き気がした。

 結局三杯のビールを飲み、フライドポテトまで食べて俺は店を出た。目を細めて空を見ると、そこには一生懸命輝こうとする星たちの姿があった。俺には無い、使命を抱えているような気がした。

 夜の街を歩く足は、少しふらついていた。飲みすぎたかもしれないと後悔する気持ちもあったが、それ以上に何も考えたくない気持ちが勝ってしまった。このまま死んだっていい。今はそんな気持ちでもあった。

「夜の街を歩く。俺はナイトウォーカー」

 あまりにもくだらなく、俺は一人鼻で笑う。

「ナイトウォーカーはどこへ行く?」

 どこへ行けば正解なのか、俺にはわからない。

「ナイトウォーカーはこの街を彷徨い続ける」

 そうしたら、正解は見つかるのだろうか。

「なら、彷徨い続ければいい」

 パッと視線を横にやると、止まれの標識に一匹のカラスが止まっていた。間違いない、今の声はそのカラスから出ていた。しかし、どうして喋れるんだ? 

「お前、なんで喋れるんだ?」

 俺はそっくりそのまま疑問を口にしたが、カラスは「世の中は不思議なことばかりさ」と言うだけだった。

「ナイトウォーカー、お前はこの街を歩き続けて、答えを見つければいいんだ。この街は平和だ。そして希望がある。我はそう思っているぞ」

 夜にカラスなんて不吉にも程がある。しかし、そのカラスの目は真っ白だった。まるで何も描かれていない自由帳みたいに。

「こんな俺でも、この街は受け入れてくれるのか?」

 カラスはバサッと翼を上げ、「もちろんさ、我が保証しよう」と断言して飛び去って行った。

「なら、もう少しだけこの街を彷徨ってやるさ」

 ミーちゃん以上に素敵な誰かと出会えるその日まで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?