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友とコーヒーと嘘と胃袋(短編小説「ミスチルが聴こえる」)




「単純な話、嘘は誠だってこと」
 あなたは大学教授ですか? と言いたくなるほど堅物そうに見えるマスターが淹れたコーヒーは、少しだけ酸味が強かった。僕は顔をしかめながら、だけど口では「美味しい」と嘘を吐きながら、さらには「とても居心地がいい」なんて思ってもいないことを口に出している。多分、それが正解だから。そして僕の目の前にいる友人もまた、偽りの仮面を被っていると告白した。それも、包み隠さず堂々と。
「つまり、お前は好きでもない女に告白して、好きでもない女と付き合って、好きでもない女とキスをした。その結果、お前は好きでもない女を好きになった」
「そう。俺は好きでもない女を好きになってしまった」
「しかし、なぜお前は好きでもない女に告白したんだ? 罰ゲームか?」
 それか余程の暇人か。
「いや、俺は割とポジティブな感情で彼女に告白をした。もちろん、好きではなかったが」
「なら、お前は暇人なのか?」
「どうだろう。少なくとも平日の昼間に喫茶店で喋っているくらいだから、暇だとは思う。ただ、暇だから告白したわけじゃない」
「じゃあ、なんだ?」
 友人はコーヒーを一口飲んでから僕を見て言った。
「人間は嘘で構成されているってことを証明するためだ」
「どういうこと?」
「俺は嘘の感情を女にぶつけた。女はそれに反応してしまった。つまり、女もまた俺の嘘によって立場を動かされた。俺が嘘をつかなければ、女は俺の彼女にはならなかったし、俺とキスだってしなかっただろう」
「女がお前の嘘によって、誠な人生を送っている」
「そう。だから単純な話、嘘は誠ってこと」
 僕はなんだか胃袋がキリキリと痛み出して、慌ててコーヒーを飲んだが、落ち着くことはなかった。
「まあ、俺の話は全部嘘だけどね」
 

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