読書『水無月の白昼夢』
雨の日は、暇になると読書をする。
いつもは小説とか、伝記とか、その類だけど、
今日は手作り感満載の一冊の本を手に取った。
これは、小学校を卒業する少し前に作った文集だ。
一人原稿用紙5枚分。
そこに、自分の一番好きな思い出を書きましょう。
たしか、そんなありきたりなテーマだった。
だけど、僕は何を書いたかいまいち覚えていなかった。
活発な相澤くんは、サッカーの試合について。
可愛い顔をしていた江口さんは、家族と水族館へ行った話。
佐川くんは林間学校。手越さんは運動会。
僕は、風を感じること。そう書いてあった。
晴れの日も、雨の日も、ベランダの窓を開けて風を浴びる。
思い出した。そうだった。
僕は誰とも遊ばず、ただただ風を浴びて過ごしていたのだ。
それしか、僕にはできなかったから。
小さい頃は、遊んでいる子供が羨ましかった。
どうして僕は、彼らみたいに走れないの?
どうして僕は、彼らみたいに足が動かないの?
何度も両親に尋ねたけど、病気だから仕方ないと言われた。
僕も友達と一緒に走りたかった。
だけど、それは叶わぬ夢だった。
僕は車椅子に乗って動くことしかできない。
それが、ひどく悲しかった。
ただ、6年の頃になって、僕の隣で心地良さそうに風を浴びながら、
僕に色々と話しかけてくれる女の子がいた。
名前は、たしか田中さんだっただろうか。
彼女はどうしてか、外に出ることをしなかった。
何度か、僕は彼女に言ったことがあった。
みんなと一緒に遊ばないの? 外に出ないの?
すると、彼女は僕の目の奥を捉えるように見て、
だって、あなたを一人にさせたくないもの、と言われた。
そのとき、僕は今までに感じたことがない、淡い風を浴びた。
温かくて、良い匂いがして、淀んだ心を洗い流すような、
そんな風が、間違いなく僕に吹いたのだった。
だから僕は、頬を熱くしながらありがとうと言った。
それから、田中さんと特別な関係になったわけでもないが、
彼女は昼休みになるといつもそばにいてくれた。
僕はそれがたまらなく嬉しくて、
いつまでもこんな時間が続いたらいいなとさえ思った。
ただ、中学生になって田中さんと僕は別の中学へ進学した。
小学校の卒業式以降、僕らは一度も会っていない。
もし、あのとき僕がもう一歩踏み込んでいたら。
もっと素晴らしい風が吹いただろうか。
文集は、田中さんへの感謝の気持ちが綴られていた。
僕は、直接彼女に気持ちを伝えることができなかったのだ。
どうせ人間として生きているなら、言葉で伝えるべきだった。
今更ながら、僕は過去の自分が歩んだ道を悔やんでしまった。
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