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『それでも』(2000字でドラマ応募作品)



 人と縁が切れるって、どうしてこんなに心が痛むのだろう。僕と華奈のラブストーリーは、あっけない結末を迎えた。噴水広場になんて来なければよかったと後悔する。いや。いずれ気まぐれな鳥みたいに僕の元から去っていたのだろうか。
 華奈は四年間ずっと僕のそばにいてくれた。
「健人君。手、繋ごう?」
「私、健人君のことが世界で一番好きだよ」
「健人君がいなくなったら、私寂しくて死んじゃうかも」
 彼女が放った甘い言葉が走馬灯のように蘇ってきて、猛毒を塗りたくった針で心をズキズキと刺してくる。
 あんなに僕のことが好きだったのに。僕だって、それに呼応するように華奈のことを愛してきたのに。
「ごめん、別れよう」
「え?」
「私、もう健人君といても幸せになれる気がしないの」
 突きつけられた現実は、一寸先にあった外灯の明かりを消した。
「健人君、仕事ばかりで私のこと全然見てくれない。忙しいのは分かるけど、もう少し寄り添ってほしかった」
「いや、それでも時間を作って一緒に過ごしたじゃないか」
 だけど、華奈は大きく首を横に振った。
「クリスマス。何もできなかったよね。一緒に過ごそうって約束したのに。健人君は別の人のところへ行ったよね」
「いや、それは付き合いだから……」
「お互い、もう別れた方が気が楽になるんだよ。じゃあね。私は私の道を進むから」
「そんな、待ってよ華奈」
 だけど、僕の足は凍りついたように動かない。二十三年間で一番の孤独。その衝撃が、歩むために存在する足を締めつけて地から離れなくさせている。
「さよなら」
 この世で一番聞きたくない言葉が耳に入ってきて、耐えられず頬が濡れていく。
「どうしてだよ、華奈」
 絶望の終点に到着し、僕は途方に暮れる。もう、進むことのない二人の道にレールは敷かれていない。
 僕はこの先、何を楽しみに歩めばいいのだろうか。悲しみを表現したように分厚い積乱雲が覆う空。身体の芯を襲う冷たい風。希望なんてないと唄うカラスの鳴き声。今日も行き交う幸せな人々。
 何もかもが、僕を苦しくさせる。


 一週間経っても心の淀みは消えず、息が詰まったように胸が苦しいままだった。錆び付いた排水口みたいに喉が機能せず、消化器官も滅入っているのか、ろくな食事ができていない。思いの外ショックを引きずり、仕事も集中できずに怒られて、余計に苛立ちが募った。
 気晴らしをする手段を持ち合わせていない僕が唯一できることは、散歩くらいしかなかった。日常を歩いて何かが転がっていることを期待するくらいしか、生きている意味を見出せない。
 仕事が休みだった今日は、少しでも苦し紛れをするために海を見に行こうと思った。歩いて十分ほどで駅に着き、改札へと向かおうとしたとき、その付近の路上でギターを抱える女性を見かけた。僕よりも少し若そうな見た目で、肩までかかる綺麗な髪が時々風で揺れている。周りには何人かの男性が集っているが、きっと曲目当てではないだろう。
 無視して進もうと思った。だけど、その彼女が放った「実は最近、失恋しちゃったんです」といった言葉が偶然耳に入ってきて、僕は思わず足を止めて、彼女の方へ近づいてしまった。
「次の曲はそんな悲しい過去を振り切るために描いた曲です。題名は『それでも』。では、聞いてください」
 彼女はジャーンとピックで弦を振動させ、透き通る声で喧騒とした街に向けて歌を唄った。

 ある日突然切り出された 
 別れようって切ない言葉
 理性なんて保てなくて
 ただただ涙が溢れててくるんだ 

 笑ってる人が羨ましかった 
 私に無いものを手に持っていて
 なんで私だけって自暴自棄モード 
 もうダメだって諦めた旅路

 それでも それでも 
 人生は終わらずに続いているんだ
 だからさ 前向いていこうよ 
 歩むしかないんだって 自分の背中を押す

 どんなに 辛くても
 人生を辞めることはしたくない
 いつかは 晴れると信じて
 光が差すことを夢見て レールの上歩く
 だからさ 前向いていこうよ
 また次の出会い夢見て ジャーニーは続いてく

 胸を突き刺すような讃える歌詞。それを柔らかく包み込むように唄う声。どんな人も元気になれそうな彼女の歌が、塞がっていた僕の人生の壁を打ち壊して、花畑に囲まれた綺麗な道を描いてくれた。
「ありがとうございました。『それでも』は、落ち込んだときや前に進む気持ちが失われそうなときに聞いていただけると嬉しいです。この曲が入ったCDを発売していますので、良かったら買ってほしいなって思います」
 僕はすぐに財布を出して、彼女に「あの、一枚ください」とお金を渡した。
「あ、お兄さんありがとうございます」
「今の曲、すごく感動しました。僕も失恋したばかりで落ち込んでいたんですけど、これからも頑張れる気がしました。素敵な曲をありがとうございました!」
 僕がありったけの気持ちを伝えると、彼女は「めっちゃ嬉しいです」と言ってニコリと笑った。
「じゃあ、お兄さんには特別にサイン入りのCDあげますね」
 ありがとう、名もなきシンガーソングライターさん。僕は深々と頭を下げ、道標を与えてくれた彼女に感謝の意を示した。

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