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車の中でかくれてキスをしよう (短編小説『ミスチルが聴こえる』)



「同性愛ってさ。認められているようで、認められてないじゃん。何というか、世間は温かい目で見てくるんだよ。悪く言えば腫れ物扱い。別に男同士が外で手を繋いだっていいじゃんって僕は思うけど」
「まあ、お前がブーブー文句を言ったところで、状況は変わらないんだ。俺たちは俺たちの世界で、ひっそり愛し合えばいい」
「でも、それって寂しくない?」
「寂しい? 俺はそう思わないな。だって、お前がいるんだろう? それだけで十分だ」
 恥ずかしくなるような台詞、俺に言わせんなよ。
「ありがとう。僕も、蓮がいてくれるだけで、幸せだよ」
「そっか。じゃあ、社会とかくだらねえ枠組みを無視してさ、俺たちだけの世界で生きようぜ」
「そうだね」
 俺たちは自宅前に到着する。だけど、幸太郎は家に入ろうとしない。
「あのさ、蓮」
「どうした?」
「ちょっと、やってみたいことがあって」
「やってみたいこと?」
「車、出してほしいんだけど」
 すでに夏の空は真っ暗で、お星様がピカピカ光っている。俺はため息を吐く。だけど、否定はしない。
「しょうがねえな。いいぞ」
「ありがとう」
 俺たちは車に乗って、目的のないドライブを始める。
「どこか、駐車場があればいいんだけど」
「駐車場か。なら、少し遠くなるが、高速乗ろう。それで、サービスエリアを目指す。どうだ?」
「いいの?」
「どうせ車を出しているんだ。それくらい、大したことない」
「ありがとう」
 幸太郎の星にも負けないキラキラした顔には、一生勝てない気がする。
 高速に乗っても車は快調を保ち、そのまま俺たちを北へ運ぶ。やがて一つのサービスエリアが見えてきて、俺はゆっくり減速しつつハンドルを切って、サービスエリアに入る。
「意外と車止まっているね」
「まあ、俺たちみたいな暇人もいるだろうし、ご苦労なことに働いている人もいるからな」
「なんか、夜なのに生きているって感じだね」
「何だそれ」
 俺は空いているスペースに車を止めて、車から降りる。住んでいる町より、幾分か空気が澄んでいて気持ちいい。
「俺、トイレしてくる。お前は?」
「僕は大丈夫。外で待ってるね」
「そっか」
 サービスエリアのトイレはやけに天井が高い。俺は用を足しながら、ぼんやりと幸太郎を想う。ちょっとしたことから仲良くなって、ちょっとしたことからお互い好きになった。たまたま、二人ともゲイだったから、抵抗なく手を繋いだ。一緒に映画を見ながら、バレないように繋いだこともあった。公にはできないし、したいとも思わない。俺は幸太郎がいればそれでいい。それ以外、別に求めていない。
 トイレを出ると、幸太郎が缶コーヒーを二本抱えて待っていた。
「コーヒー、買っておいたよ」
「ありがとう」
 俺たちはその場で飲んで、たわいもない話をする。世間から見れば友人にしか見えないだろうけど、俺たちの間には特別な絆がある。
「じゃあ、帰るか」
「う、うん」
 俺は車に戻り、エンジンをかけようとする。だけどその手を、幸太郎は止める。
「どうした?」
「あの、蓮。僕がやりたいこと、実はもう一つあるんだ」
「何?」
「椅子を倒して」
「椅子?」
 俺は言われた通り、椅子を倒して寝そべる格好になる。幸太郎も、同じように。二人の視線が、重なる。
「蓮。僕は今まで周りの目を気にして生きてきた。でも、蓮がいるなら周りの視線なんて関係ないって思えるようになった」
「それは、俺も一緒だ」
「これからは、いや、これからも、一緒にいてほしい」
 そう言って、幸太郎は俺の唇を奪った。愛の実が、花を咲かす。二人だけにしか見えない、綺麗な花。
「幸太郎、お前攻めるな」
 俺は無性に嬉しくなって、幸太郎を抱きしめた。

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