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『ちょっとの優しさが欲しいのよ』 (2000字のドラマ応募作品)



「レジ袋おつけいたしますか?」
 どっかの誰かが有料化したせいで、また一つ手間が増えた。そして悪い連鎖が起きる。
「エコバック持ってるからいらねえよ」
 しょうがない。この国はマニュアルで出来ているのだから。俺はにっこりとした笑顔で、
「失礼いたしました」
 と動揺せずに受け流す。
 別のお客さんは苛立ちながらこんな言葉を吐きかけてくる。
「いつもいつも同じこと聞きやがって、喧しいわ!」
 そんなことはこっちが一番知っている。俺もあんたに同意するが、不自然なくらいの微笑みと甲高い声で言ってやる。
「大変申し訳ございませんね!」
 別に気にすることはない。だけど、いつも思うことがある。
『もうちょっと、優しくなれませんかね?』


 別の日。俺は友人の山田とファストフードで飯を食っていた。
「優しさって大事だよね。僕もカラオケ屋でバイトをしているけど、お客さんが上から目線、しかも命令口調で話してくること多いよ。例えば二人の客なのにマイク三本欲しいとか、終了十分前の電話を入れたら、うるせえって怒鳴ってきたり」
「うるせえのはお前だろって感じだな」
「ほんとそう思うよ。だけどこっちは商売だからさ、『申し訳ございません』で突き通すんだ。そんな気持ち、微塵もないけどね。津村の働いているコンビニも酷い?」
「俺の方も残念な人は多いな。タバコの銘柄を言われてちょっと迷っただけで怒鳴る客がいたり、新人の子がレジ打ちに戸惑っているところを『早くしろよ』って急かしたりする。まあ、コンビニって速くて便利が売りだから、お客さんの気持ちも分からなくはないけどさ。でも、もうちょっと言い方があるだろうって思うんだ」
「心に余裕がないんだろうね。僕は最近そう思うようにしている。もしくはストレスが溜まりに溜まっちゃっているかもしれない。だからカラオケに来て、ストレス発散をしたいのかなって思うようにしているんだ。そうしたら、僕は寛大な心で受け入れることができるから」
「大人というか、まるで聖人だな。山田は」
 俺たちがカウンター席でハンバーガーに喰らいついていると、店員に向かって「早くしろよ!」とブチギレている客がいた。その様子を見て、二人してドデカいため息を吐く。
「俺、あの手の人間を見ると思うことがあるんだ」
「何?」
「もうちょっと優しくなれませんかね、って」
 津村も塩気たっぷりのポテトを摘みながら、何度も頷いた。
「僕も津村に同意するよ」


 また別の日。彼女の富美と一緒に出かけることになり、バスに乗ってそよかぜで揺れる木々を眺めていた。
『次は、山の字広場前』
 そこは比較的乗る人が多く、座りきれない乗客も出てきた。
「津村君、ちょっと」
「ん、どうしたの?」
 すると富美は小声で「あそこ」と立っている老夫婦を指さした。
「席、譲ってあげようって思って」
「ああ。わかった」
 富美が立ち上がり、その老夫婦に声をかける。
「あの、よかったら席どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 老夫婦は俺たちに礼をして、空いた席に座った。
「良かった、座れて」
 そう言って微笑む富美を見て、俺はこの子と付き合って良かったなと思った。
『次は、六町前』
 停留所で止まると、一人のおじいさんがゆっくりと入ってきた。杖を持っているから、きっと膝が悪いのだろう。
 しかし、誰も席を譲ろうとしない。みんなスマートフォンをカモフラージュにしているのか、そのおじいさんを見ることもない。これが、現代の日本か。
「あ、あの」
 ふと、隣から声が聞こえて、俺はその方向を見る。間違いなく富美の声だ。
「誰かこの方に席を譲ってはもらえませんか?」
「ああ、じゃあ私が」
 そう言って、スーツを着ていた男の人が、おじいさんに席を譲った。
「お嬢さん、ありがとうございます」
 おじいさんのニコリとした微笑みは、俺の心にグサリと刺さるものがあった。


「富美はすごいや」
 俺たちはバスを降りて、目的地まで歩いている。
「何が?」
「だって、あの場で困っているおじいさんを救うことができるんだから」
「まあね。でも、津村君だってこの間電車に乗ったときに、お婆さんに席を譲っていたでしょう」
「席を譲ることはできるけど、富美みたいに声を上げることはできないな」
 すると、富美は「私って、黙ってられないタイプなの」と自分を指差して言った。
「だからさっきみたいな場面に出くわすと、つい口に出して言っちゃうんだ。余計なお世話かもしれないけどね」
「でも、今日のおじいさんは富美のおかげで椅子に座ることができたんだ。俺は富美の行動を余計なお世話だって思わないよ」
「本当? でも、逆に変な人に絡まれちゃったら、津村君にも迷惑がかかっちゃうかもしれないけど」
「そのときはそのときだよ。俺が富美を守るだけだから」
「さすが津村君。優しいね」
 富美が右手を差し出してくるので、僕は左手で彼女の手を覆う。
「もうちょっと優しさのある世の中になってほしいね」
「そうだな。俺も富美に同意する」
 今日も何処かで誰かが理不尽に怒って、誰かを傷つけているかもしれない。そんなやつに富美の生き様を見せつけてやりたい。そんなことを思う今日この頃だ。

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