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抱きしめたい (短編小説『ミスチルが聴こえる』)




「じゃあね、哲也くん」
 白石さんは、僕に手を振って駅へと向かっていく。追いかけたい。追いかけて、白石さんを止めて、思い切り抱きしめたい。僕の甘い幻想が脳内を覆い被さって、狂わせる。
 恋って、厄介だ。
 僕は今まで一度として恋をしたことがなかった。だからラブストーリーを見ても聞いても、何も思わなかった。
「それってフィクションでしょう?」
 そんなふうに突き放すこともしばしばだった。
 だけど二十二になったひまわりが咲く夏。僕のバイト先に入ってきた五つ上の白石さんが、僕の軸をバキッと豪快に折ってくれた。
「よろしくお願いします」
 僕は年上の白石さんに色々と仕事内容を教えていく。白石さんは真面目だったから、「わかりました」と素直に記憶していく。その香り、その吐息。僕はだんだんと白石さんに惹かれていく。
「今度、ご飯行きましょうよ」
 あの瞬間、僕に電気が走った。ビリビリビリ。
「あ、はい。いいですよ」
 途端に春風が吹いて、過去の僕をなぎ倒していく。そして素直になった僕は、白石さんと食事をすることで、さらに想いを深めてしまった。
「下の名前で読んでもいいですか?」
「プライベートは、タメ口でもいい?」
 攻める白石さんを、僕はありのままで受け止めることしかできなかった。白石さんの心情なんて知らない。だけど、僕は従順に突き動かされ、白石さんのことを好きになってしまうのだ。
「今度は、二人で遊園地でも行きたいね」
 いつか、僕らだけの世界ができるのなら。僕は迷わず君を捕まえて、抱きしめたい。

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