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Talk Together! 〜子どもアドボケイト、アーウィン氏と語ろう!〜


 Talk together
~アーウィン氏と語ろう!~

日時 2019年12月28日
場所 サイボウズオフィス

2019年の年末、カナダ・オンタリオ州のアドボカシーオフィスの元所長であるアーウィン・エルマン氏が来日され、東京でトークイベントを開催させていただきました。

アーウィン氏に直接会っていただくことがアドボケイトたる者いかにあるべきかを知れる最善の方法ではありますが、今回はトークイベントで語られた貴重なアーウィン氏のお話しをご紹介していきます!

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1. キーワードは“パートナーとなる”こと。


    子ども・ユースと大人がパートナーを組むということは、「子どもと若者と一緒になって進む」ことと私たちは考えてきました。

しかし一言に「パートナー」といっても、それが意味する中身は色々です。3つに分けてみました。


【3つのパートナーの形】


① 「前に」立ってほしいと思う子ども・ユース


② 「横に」いてほしいと思う子ども・ユース


③ 「後ろ」からついて来てほしいと思う子ども・ユース


詳しく見ていきましょう。


① 「前に」立ってほしい


    私たちの「前に」立って、私たちの代わりに話してほしいという子ども・ユースがいます。そう依頼されれば、言いたいことを彼らに確認しながら、私たちが相手に伝えます。これはパートナーの形の1つです。


② 「横に」立ってほしい


    私の「横に」立って一緒に歩いてほしいという子もいます。例えば、児童相談所のソーシャルワーカーに話したいけど、一緒について来てほしいと。子ども自身が話すけど、その時「横に」いてほしい。一緒に歩いてほしい。僕たちは自分たちでやるから、隣にいて色々教えてくださいと。

カナダのOUR VOICE OUR TURNプロジェクトはこのスタイルでした。ユースメンバーたちが私たちに教えてくれました。


③ 「後ろに」いてほしい


    自分たちが前に出るから「後ろに」いてついてきてほしいというケースもあります。僕たちは自分たちでやるけど、助けてほしいときに「後ろに」いてほしいというスタイル。

例えば、里親さんに言いたいことがある時、自分で言うから、何かあったら後ろにいてねというケースです。


<パートナーとしての

          大人であること>

    

    パートナーであるということは、パートナーである大人自身の声もあるということです。子ども・ユースたちが全部自分たちでするから大丈夫!という訳ではない。それはパートナーシップではありません。

そうではなくて、大人の側も子どもの側も一緒に声を出して、一緒にするということが大事です。

一方的に子どもの声を聴くだけということではない。子どもの意見を尊重すること=大人の声がかき消されることではない。

一方の声が他方を打ち消すのが

“パートナー”ではありませんよね。

よく誤解されることで、アドボカシーというと、「大人は子どものいいなりになるのではないか?」ということ。そうではなく、子どもの声を聴き、大人も声を出して、一緒に解決を目指していくことがアドボカシーです。


2.大人の姿勢


    多くの大人は、「自分の足りなさを認めたがらない」という側面をもっています。子どもの声を聴いて理解することは難しいことです。それはすなわち、大人が、“自分にも知らないことがあるということを、子どもの前でさらけ出す”ことになるからです。プライドが邪魔をしてくるのでしょう。

そんな時に、大人側が理解しないといけないのは、“子どもの声がどうして必要なのか?を理解すること”です。

多くの大人にとってはそれがなかなか難しいのです。今、日本のユースたちは声を出しています。それを皆さんはどう捉えていますか?

大人の声でしばしば、「子どもたちはきちんと言える能力が足りない」という人がいます。日本の文化として、「大人の声は強い、子どもは意見をいう能力がない・意見を持っていない」というような風潮があるように思います。しかし、そうではありません。子どもの声を聴けない大人側に問題があるのです。

カナダ・オンタリオ州のアドボカシーオフィスの任務であり使命は、「子ども・ユースとともに歩く」ということです。子どもたちからアドボカシー事務所への依頼は色々あります。私たちには、その声を尊重し、対応する義務があります。


3.アドボケイトたちの役割


    アドボカシーオフィスのアドボケイトは、子どもやユースたちから要望があれば、彼らが住んでいる所に出向いて行って話を聴きます。望めば1対1で、誰にも聞かれずに本人と話すことが保障されています。私たちの仕事は、子どもが言ったことを聴いて、それに応えること。一緒に歩くことです。

    オンタリオ州は日本の国土の3倍近くありますが、人口は1200万くらいです。その少ない人口で、そこに住む大人や、サービス提供に従事する人々、地域コミュニティで子ども・ユースたちをサポートします。


そういった現場で、子どもの声を聴いている方々と私たちがパートナーとなっています。どうやったら子どもの意見を聴けるかというイベントしたり、協力してどうしたらいいのかと様々なことを検討して、大人側のサポーターたちで、子ども・ユースたちのパートナーになることが任務になっています。


    それから、法律の規定によって、1対1のアドボカシーと併せて、複数のユースが特定の問題で声を上げた時に、そのグループに対してどうしたらいいのかを応える活動もしています。

私たちには法律で権限があり、サービス提供の本部や団体、施設や里親の所に出向いて行って、問題があればそれを聴くことができます。そういった権限があります。

サービスを受けている子どもたちとレポートを書いて、政府やサービス提供元に提出することもあります。これまで10年間に渡ってユースたちの声を聴いてきて、共通の問題というものが見えてきています。


4.措置解除後のユースたちとの苦労


    非常に大きな問題は、18歳で自立をした後の生活がいかに大変かということです。そういった問題にも取り組んできました。

    OUR VOICE東京が作った「僕らの声」という冊子があります。

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施設や里親家庭を巣立った若者たちの手によって作られました。1冊200円。詳細はこちら。

https://peraichi.com/landing_pages/view/masterpiecejp2017

これは、オンタリオ州のアドボカシーオフィスのOUR VOICE OUR TURNプロジェクトで作成した「MY REAL LIFE BOOK」がモデルになっています。

オフィスでは、この冊子の作成について、サポートしていました。必要な物や活動スペースの提供、それらを目的達成まで提供し続けるというのが法的な義務として規定されています。


<制度には欠けがある

                 ということ>

 

   1つお伝えしたいことで重要なのは、グループホームでも施設でも、児童養護制度は、ほとんど失敗しているということです。

日本でも私たちと同じように制度がうまくいっていないことは知っています。ユースたちが、失敗した制度の中で生きて、巣立っていきます。

ユースたちが何を心配しているかというと、今制度の中にいる子たちの将来のことです。自分たちのためにということではなく、「これからの子たちのためにどうにかして変えないと!」という思いで、とにかく一生懸命努力をしてきました。

施設を出たユースたちの多くは孤立していきます。生きていくのもやっと、日常生活で苦労しているにも関わらず、なんとかして次の子たちのために制度を変えようと頑張っています。


5.ユースたちの働き


    日本でも、今ユースたちが自分が苦しい生活の中でも、「これからの子たちのために!」と声を出しています。それは日本にとって何事にも代えがたいありがたい活動です。

オンタリオでのアドボカシーオフィスは政府と独立して活動する立場でした。日本でこのような法律を制定して、独立したアドボカシーオフィスを立ち上げて、子ども・ユースたちの声を議会に報告できるようなシステムをつくれれば良いと思います。

アドボカシーオフィスがあることが、ユースたちへの「あなたはひとりじゃない」というメッセージになります。法律ができれば、それは、「日本という国があなたがたと共にいる」というメッセージになります。それは子ども・ユースたちのパワーです。

日本のユースたちは声を届ける準備ができています。

日本という国は、その準備ができていますか?


【質疑応答】

Q.1 「子どもの声を聴く」が建前になってしまわないために、どのようにしていくべきでしょうか?(Aさん/施設職員であり社会的養護経験者)


(質問詳細)1つ目はシステムとカルチャーについて。今日本では子どもに関する基本法を制定する議論が始まっています。また特にアドボカシーは今年の夏に法律がかわって2021年に子どものアドボカシーの仕組みを検討することが決められています。こういうことが進んでいくと建前では子どもの声を大切にしようということが上がっているけど、一方でそれで十分なのかという疑問がある。それはカナダのオンタリオのこともあって、政権交代で根拠法が廃案でアドボカシーの仕組みが途絶えてしまった。法律明記はゴールではなくて、その先にやらないといけないことがあるのではないかと気づいた。それは私たちの文化を。どう文化として子どもの権利を大切にしようとしていくことができるのか。それが大きな問題課題の一つ。私のアイデアは子どもの関わるプレーヤーは多層性を持つ連携を持ちながらネットワークを担っていくことが重要だと思っている。建前から本音を子どもの声を大事にするためにアーウィンは何が重要だと考えますか。

A. アーウィン氏より


    日本だけじゃなくて世界的に同じ問題があると言えます。法律ができても、子どもの声を聴けない文化なら、法律は無意味です。しかし、法律がないまま、文化だけでも危険です。そうすると、ある時は聞かれるけど、ある時には聞かれないということが起こるからです。実は、どちらか一方だけだと、何もしないよりも害になる可能性があります。例えば、会社でボスが「言いたいことを言ってもいいよ」と言ったとします。それを真に受けて、社員がボスに色々と言ったとします。そうすると「話してくれてありがとう、でも君は首だよ」ということが起きてしまいます。そこで、文化が存在し続けるための“構造”が必要です(言った人が守られる構造)。カナダの女性やLGBTQのマイノリティの方々もこれをよく理解しています。日本でも同じく、文化を変えるための空間、場所、構造が必要です。

逆に質問していいですか?Aさんが考えていることを作るために、ユースたちをどのように位置づけしようとしていますか?

Aさん :


    今、アドボケイト養成を東京で進めようとしていて、某児童養護施設と新たな一時保護所でトライアルができたら良いなと思っています。その時に、当事者ユースとそうでない人が一緒にチームを組んで施設や一時保護所に訪ねていくようなことを考えています。

アーウィン氏より


    そういうやり方も価値があります。ただ、変化を創生しようとか文化を作るためには、それをやること自体が目的となってしまうとうまくいきません。

まず、私たちは、

彼らがどう思うのかを

彼ら自身から聴くことが大事

です。自分の声聞いてほしくないという人もいるかもしれないが、それもまた新しい情報です。「自分はこういうアイディアをもっていてそれについてどう思う?」と聞いても良いでしょう。自分は良いアイディアだと思っていても、子ども・ユースたちから色々フィードバックが返ってきて更に良いものとなるでしょう。アイディアを提供して、話し合いする中で、それが完成していきます。


余談ですが、私は、帰宅した時に奥さんに「今日一日どうだった?」と聞きます。私がe-mailとかしながら聞いていると「聴いてないじゃん!」と言われます(笑)。私は「ちゃんと聴いてるよ」と言い返しますが、奥さんは「それは聞いたことにならない」と言います(笑)。そこできちんと会話をして、「そんなことあったのかぁ」と反応して、"繋がっていることを表すこと"が本当に聴いているということです。きちんと一緒になって会話することです。


子どもも実は同じですよね。ただ聞いてもらうだけじゃなくて、そこにいてほしい。ただ物理的にいるじゃなくて、

"繋がっているということを実感したい"

という思いがあります。 女性は直感的に子どもが何をしたいのかがわかりますが、男性はどうしても分かるのに時間がかかることも多いですね(笑)。

"子どもが声を上げられる環境"と、

"女性が声を上げられる環境"とは、

似ています。

逆もまたしかり。そんな環境を作っていくことが大事です。

    文化を変えるということは難しいことです。一つの事象だけでできるものではありません。一箇所だけでなく、ありとあらゆる箇所で同時に動かないと難しいことです。

新しい文化を積みあげていくことが大切です。ユースの活動がやっているから大丈夫ではなく、児童相談所の現場、学校の現場、大学の現場で教える時に、常に子どもの声を聴くことをしていかないといけません。

繋がる(エンゲージする)ことです。完全に組み合うことです。子どもの声と一つになって、政府内閣に対して、子どもと一緒にやるということを私たちは強調してきました。色んなことが同時多発的に起きて変わることが大切です。

Q2. 子どもの声を聴いている余裕の無い現場に対してできることはありますか?(Bさん/児童相談所弁護士)


(質問詳細) 大人も尊重するという言葉が非常にしっくりきました。一方で、日本の文化や世の中の風潮で、問題が起きると相手を論破したりバッシングして勝ち負けの理論になりがちで、相手の立場を尊重したものになりにくいところがあります。例えば、親を罰すればいい、とか極端になってしまう。子どもの声を聴くことに抵抗感をもつこともある風潮もあります。それを対話に成り立たせるために、カナダではこういうことをしたとか苦労があれば教えてください。

昨今、虐待死の事件が起きると、とにかく子どもを親元から離してあとは施設へ、という圧力の機運が高まって、つい、大人主導の話になってしまう傾向にあるように感じます。子ども本人の話を聴きましょうとか慎重に対話しましょうという余裕がなくなって、強い意見がどんどん優先されてしまう。色んな業種が集まっても、各意見が尊重されるということよりも、どんどん大人の声で議論が進んでしまう。

A. アーウィン氏より


    先進国での傾向ですが、システムの元では、ワーカーが家庭に入って子どもを引きはがすしかないという神様のような力をもっているように思われています。この神様のような力は、ここまでいったら引きはがすというように使われています。これはアメリカもカナダもどこも同じです。このシステムの根底には「子どもの安全を守ることは親から離すこと」だという考え方ですね。

しかし、最近、カナダはその考え方を変えました。

安全は離すことじゃなくて、

「含めること」だという考え方

をするようになってきました。Inclusion。カナダでは安全といっても、その後の生活(措置後)もひどいものです。引き離すよりも家庭に置いたまま守る方がいいのではないかという考え方が広がってきました。

子どもたちは「私たちが虐待されたのに家から引きはがされて、虐待した側は出ていかないのはおかしい」と言います。だから「虐待親がどこかに行き、自分は家に戻るのがいいのでは」という。家庭でいかに保護できるかということを考えるようになってきています。問題は大人の側にあります。自分が施設に入ることを友だちに知られたくない子も多いです。結局子どもは家から離されて施設に入り、悪いことをはしていないのに不自由になります。よく施設に行くことを「ケアの中にいる(child in care)」といいますが、自分が「何かの下にいる」ようなことに思えてしまいます。

カナダは、先住民の文化から学ぼうとしています。先住民のコミュニティには、そもそも児童養護という考えがありません。いかに家庭をサポートするか。

親と一緒にいるのが危ないのなら、コミュニティの中で安全に過ごし、コミュニティが両親に対応するような形をとっています。

子どもの安全というよりも"家庭の安全"を重視しています。先住民コミュニティの中でも子どものことを決定する時には、子どもがその中心にいます。

    日本では野田市の事件がありましたね。虐待した側のお父さんにも助けが必要だったのではないかとも思われます。子どもを中心において、児童相談所の職員や学校の先生、周りにいる大人とで話し合いをする。この野田市の事件では、少なくとも子どもが「助けてください」と言い、これが始まりでした。

彼女自身に「どうしてほしいか」と聴かれるべきだったのではないでしょうか。

もしかしてその時に「お父さんを助けてほしい」と言ったかもしれない。わからないままですが。

先ほどの質問に戻りますが、野田市の事件で例えると、その子をサポートしたい人が周りにいれば、子どもの声にフォーカスがいき、そこから発展していきます。それがアドボケイトです。野田市の事件では、アドボケイトのような存在が必要でした。この子がこういう状況の中で、こういうことを言っていると状況把握し、彼女自身がどうしてほしいかを丁寧に聴き取る存在。

子どもが言っていることから物事を始めることが必要です。

Q3. 意志が明確で無い子どもに対してどのようにすれば良いでしょうか?(Cさん/福祉職)


    福祉職をしています。これから新しい児相・一時保護所の開始のために、現在は児童養護施設に派遣されています。
そこでは子ども達の食事のメニューという小さなものから、就職先という大きな選択まで迫られます。そこに十分な情報を得られずに選択できるのかと疑問に思いました。職員も疲弊して、自分がどうしたいか、どうするのが一番なのかを判断するために伝えることが困難だと感じています。お話の中で、横に一緒にいることでパートナーになって動いていくなどの立ち位置が色々あると、目からうろこでした。しかし、子どもがどうしたらいいかわからない、意思が明確ではない時はどのようにすれば良いでしょうか。特に中高生です。

アーウィン氏より


    皆さんが13歳から18歳の頃までを思い起こしてみてください。その年代は、「俺ってなんでも知っている!」という年頃ではないでしょうか。親から何も言ってほしくないという時期です。しかし、この人はボーイフレンドにすべきか、この人とセックスすべきか、ゲームすべきか、勉強すべきか、医者になるべきかなど、色々なことを決めなければいけない時期ですね。親から言われたことは、左から右の耳へと抜けていきます。人間の発達段階だと、個人として成長して、親から離れていく時期です。皆さんも「誰も自分のことなんかわかってくれない!」と感じた年頃ではありませんでしたか?カナダでも同じです。親は自分のことをわかってくれない!と。

施設にいる子も同じです。「自分のことをわかってくれる人がいない!」と思う年頃です。施設にいる子も里親の子も、大変な時期だと思います。一方で、10代の子は「自分を受け入れてほしい」という思いが強い時期でもあります。あるがままの自分、自分が決めることを受け入れてほしいという時期です。子どもがもし質問してきたのなら、正直に答えてください。自分でこうしたらいいと思ってやってみて、それが失敗しても、一緒にいて次のステップを一緒に考えてください。親として一番心配なのは、「子どもに何かあったらどうしよう」ということです。児相のケースワーカーは公的な義務としてそれがかかってきますし、責務を問われます。そういう気持ちは分かります。しかし、子どもが決めたなら、

「あなたがそれを決めたのなら、

それをサポートします、

何かあっても応援しますよ」

と言いましょう。


Q4. 施設出身者がどう求められているのか、どうなってほしいのか、そのためにどういうサポートが必要なのでしょうか。(ユース)


A. アーウィン氏より


    リソースを提供することです。教育へのアクセス、居住とか交通など物理的なアクセスが必要です。それだけでなく、どこかに所属してつながれる空間が必要です。その中で大事な友だちを持つこともあります。ぜひ、繋がって何かに属して欲しいです。帰属意識が大事です。

それから自分で自分の物事を決定して、実行する力が自分にあるということを信じることです。

この人と一緒に住みたいとかそういうことも。自分も一人の人間で声がある存在であることを日々知ってほしいです。


Q4.  なぜアドボケイトになろうと思ったのですか?(ユース)


A.  アーウィン氏より


    大学を卒業した時には児童養護のことを知らず、先生になろうとしていましたが、希望の就職口がありませんでした。そんな時にCAS(日本でいう児童相談所)の方から「施設を出た子をサポートするシステムを作ってくれ」と言われて踏み出し、そこから20年間続けました。最初、何をして良いかわからなかったので、ユースたちに聴き、一緒に作っていきました。そこで色んな方々と会ってきました。20年やってきましたが、自分は別にアドボケイトになろうとは思っていませんでした。「私なんて雇うわけないだろう」と思っていました。でも「あなたは面白い」と子どもたちからは評判でした。ある時ユースが

「あなたは何を私たちに言ってきたの?やりたいことがあったらやって、と私たちには言ってきたでしょう?」

と言ってきました。それで履歴書を出すことになったのです(笑)。

    野田市の事件では子どもが先生に、「なんとかなりませんか?」という気持ちを、勇気を出して伝えました。皆さんは、子ども・ユースたちの潜在的な能力に注目したことがありますか?彼らが放つ光があります。それが児相の職員たちに力を与えています。光を放っている人を見て、一緒にやりたくないと思う人がいるでしょうか。


Q5.  これからアドボケイトシステムを進めていくときに、懸念・反対の声が向けられると思うが、カナダではあったかそれをどう乗り越えてきましたか?


A. アーウィン氏より


    カナダでは現在、政府がアドボケイトは要らないと切ってしまいました(社会からは大ブーイング)。全然ボスが聴いてくれない、ということもあるかと思いますが、二つのことを続けることが必要かと思います。


1. 自分のことを気遣うことです。自分のことに気付かない人は他人のことも気付くことはできません。自分のことは少なくともコントロールできます。まず自分をコントロールできるようになりましょう。


2. お互い親切でいましょう。お互い理解する文化・道を探しましょう。この中には、ワーカーの方もいると思いますが、互いに色んな考え方もある中で、大変な時もあると思います。しかし、理解する文化、親切さがあれば、そこが辛い時間ではなく、「あなたは一人ではない」という優しい時間になります。この二つを実行すれば、乗り越えることができます。

これは真実です。

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いかがでしたでしょうか?

カナダ・オンタリオ州のアドボカシーオフィスのアドボケイトとして子ども・ユースたちと共に歩んできた、アーウィン・エルマン氏のことばを感じていただけたでしょうか。

この記事をまとめさせていただいてます、菊池真梨香は児童養護施設職員として施設内研修で2013年にこのカナダでの働きを知ることになり、2017年にアドボカシーオフィスに訪問させていただき、その後オフィスでのプロジェクトにちなんだOUR VOICEの活動を日本のユースたちと始めることになりました。

そして、2019年4月には、OUR VOICEのユースを連れてこのアドボカシーオフィスに再訪問をしました。その時に、オフィス以外にもアドボカシー文化溢れるトロント市の取り組みをまとめたレポートがありますので下記リンクをご参照ください。

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こちらのぺージから

https://peraichi.com/landing_pages/view/masterpiecejp2017

今回のアーウィン氏の来日では、ここ近年で活動をしているユースたちとのコラボ企画ができてとても素晴らしい機会となりました。これからも、日本がユースたちと歩んでいく素敵な国として成長していけるように、活動をしていきたいと思います。


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アーウィン・エルマン氏

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通訳 : 菊池 幸工 氏

記事 : 飯島 章太・菊池 真梨香


サポート金額は、虐待などで親を頼り辛い若者たちのために使わせていただきます。