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『清く貧しく美しく』

30過ぎるとこういう物語が響いてくる。

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『清く貧しく美しく』石田衣良


30歳・ネット通販大手の倉庫で働く非正規の堅志と、スーパーでパートをする28歳の日菜子。二人はおたがいを守りあって生きていこうと決めた。だが、堅志に正社員登用の話がきたことをきっかけに、日々に少しずつ変化が訪れる―。(Amazonより)



石田衣良といえば、『池袋ウエストゲートパーク』や『4TEEN』のような、年齢に限らずどこか爽やかさや輝きがあるような作品が魅力だし、『北斗』のようなズドンと絶望が押し寄せてくる物語も大好き。

だけどこの物語はそのどちらでもなく、楽観的すぎるわけでも悲観的すぎるわけでもなく、アラサーで非正規やパートという客観的には底辺に近い状況での、喜びと悲しみがどちらも描かれていた。

また飲食店の回転率とか原価計算とかとりわけ現実的な描写もあって、作品と現実が離れすぎておらず、32歳になる自身にとっては、とても身近な起こり得た、そしてこれからも起こり得る物語に感じられた。

こういうタイトルやストーリーだと、良くも悪くもどこか不幸を読み手に投げかけてくるイメージがあるけど、この主人公たちは今まで培ってきた数少ない武器である「弱さ」を敢えてこれからも選択することによって、これからを切り開いていく。

終盤で日菜子が到達する、

世のなかには勝つために生きている人がいる。得をするために生きている人もいる。けれど日菜子は負けるために生きていた。いや、それは正確でない。負けても堂々と胸を張れる人生を生きたいと願っていた。

という考え方が新鮮で、ここから面白さが更にグッと増した。

気弱であっても、損得や勝ち負けの外で堂々と生きる人は、晴れやかだし自分の小宇宙で無敵なんだなと感じた。

堅志にとっても、唯一の持ち物でありしがみつきこだわり抜いた弱さが、今やある種の強さになっていることに気づき、大きな選択をする。

この物語の続きには輝かしい未来なんてないかもしれないし、失敗が待ち受けてるかもしれない。それでも、他人から見たらちっぽけなものでも、自身が持ち続けた武器や考え方を使って、弱くてちっぽけで愚かだとしても、その時々で自分自身に嘘をつかない生き方を選択できる二人はとても眩しかった。

思いがけず作者の中でもかなり好きな作品になったので、一生本棚に置いておこう。

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