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2021年読書ベスト

毎年恒例年末総決算。

現時点で158冊読了。自宅待機期間とかもあり過去最多。

今年は全18作品。1〜12は小説、13〜17はエッセイやノンフィクション、18はシリーズもの。

作家ごとに一冊、ランキングでもないし感想の文章量は満足度に比例しません。

年末年始の暇つぶしの参考になれば。

 

 

 

1.『清く貧しく美しく』 石田衣良

弱さを貫いて胸を張るという生き方。

2.『自転しながら公転する』 山本文緒

地方在住30代が読むべき物語。遅々としてなかなか好転していかない生活がひどくリアル。

3.『犬がいた季節』 伊吹有喜

高校3年という一瞬を、犬を媒介にして30年間積み重ねた最高の連作短編集。

4.『本屋さんのダイアナ』 柚木麻子

本好きにはたまらない、正反対の人生を通して大切なことを教えてくれる二人の少女の出会いの物語。

5.『臨床の砦』 夏川草介

フィクションだけれど、決して大げさではない現実。コロナの最前線に立つ医療現場のせめぎ合い。
  
6.『正欲』 朝井リョウ

文句なしの今年ベスト。正欲以前以後で考え方や読み方も変わってしまった問題作。 

7.『スモールワールズ』 一穂ミチ

ほんわかあったかではなく、ゾクッとする冷たさを持って人それぞれを描ききってる短編集。人の印象なんてちょっとした見てる角度によって変わってくる。

8.『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』 町田その子

特定の土地が舞台の連作短編集が個人的にすごく好き。「センスがいい」ってこういう文章のことだと思う。

9.『万事快調(オール・グリーンズ)』 波木銅

若さゆえの青臭さと勢いを凝縮した思考停止して読める最高の女子高生大麻栽培系エンタメ。 

10.『ワラグル』 浜口倫太郎

M-1の熱量そのままにぜひ読んでほしい。「笑いに狂う」と書いて「ワラグル」。

11.『硝子の塔の殺人』 知念実希人

個人的初本格ミステリ。何層にも積み上げられた設定と展開に圧倒される。

12.『夜が明ける』 西加奈子

目を逸らしてはいけない2000年台以降の日本とロマンが融合した素晴らしくも読んでいて苦しくなる傑作。

13.『普通のサラリーマン、ラジオパーソナリティになる』 佐久間宣行

いま日本で一番キテる福島出身の著名人は間違いなくこの人。ラジオフッドスターおじさんのラジオ本というか、働き方のエッセイ。 

14.『あの夏の正解』 早見和真

昨年度の高校球児を追ったノンフィクション。読んだ後にカロリーメイトの「見えないもの」っていうCMをYouTubeでぜひ観てほしい。

15.『パリの国連で夢を食う。』 川内有緒

今年はこの人の作品に出会えたことが大きな収穫。国連で働く特別に見える人たちの「普通」を淡々と表現している文章によって、自分の現状に対する疑いみたいなものが溢れてくる。 

16.『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー2』 ブレイディみかこ

人生の教科書第2弾。成長した主人公や関係者を通して、海外だからではなく普遍的に大切なことを教えてくれる。

17.『ナナメの夕暮れ』(文庫版) 若林正恭

憧れのヒーロー。単行本発売から数年での心情の移り変わりも味わい深いし、あとがき含めこの人の言葉に救われてる人が間違いなくいると再確認させてくれる。

18.『バッテリー』(シリーズ) あさのあつこ

中学野球のエゴと存在証明の物語。大人にこそ読んでほしいシリーズ。

 

 

 

1.『清く貧しく美しく』石田衣良

石田衣良といえば、『池袋ウエストゲートパーク』や『4TEEN』のような、年齢に限らずどこか爽やかさや輝きがあるような作品が魅力だし、『北斗』のようなズドンと絶望が押し寄せてくる物語も大好き。

だけどこの物語はそのどちらでもなく、楽観的すぎるわけでも悲観的すぎるわけでもなく、アラサーで非正規やパートという客観的には底辺に近い状況での、喜びと悲しみがどちらも描かれていた。

また飲食店の回転率とか原価計算とかとりわけ現実的な描写もあって、作品と現実が離れすぎておらず、32歳の自分にとっては、とても身近で起こり得た、そしてこれからも起こり得る物語に感じられた。

こういうタイトルやストーリーだと、良くも悪くもどこか不幸を読み手に投げかけてくるイメージがあるけど、この主人公たちは今まで培ってきた数少ない武器である「弱さ」を敢えてこれからも選択することによって、これからを切り開いていく。

終盤で日菜子が到達する、

世のなかには勝つために生きている人がいる。得をするために生きている人もいる。けれど日菜子は負けるために生きていた。いや、それは正確でない。負けても堂々と胸を張れる人生を生きたいと願っていた。

という考え方が新鮮で、ここから面白さが更にグッと増した。

気弱であっても、損得や勝ち負けの外で堂々と生きる人は、晴れやかだし自分の小宇宙で無敵なんだなと感じた。

堅志にとっても、唯一の持ち物でありしがみつきこだわり抜いた弱さが、今やある種の強さになっていることに気づき、大きな選択をする。

この物語の続きには輝かしい未来なんてないかもしれないし、失敗が待ち受けてるかもしれない。それでも、他人から見たらちっぽけなものでも、自身が持ち続けた武器や考え方を使って、弱くてちっぽけで愚かだとしても、その時々で自分自身に嘘をつかない生き方を選択できる二人はとても眩しかった。

 

 

2.『自転しながら公転する』 山本文緒


タイトルとあらすじに惹かれてタイミングで読みたいなと思ってたら、当時本屋大賞にもノミネートされたとのことで急いで購入。

初めて読む作家だったけど、今まで読んでこなかったことに後悔している。

東京でアパレル関係に勤めていたけど田舎にUターンしてきた32歳。自分自身の状況と被るところが多くて没入しやすかった。

タイトルはどこか不思議だし、もっと女性に多そうな恋愛や仕事の悩みがメインなのかなと思っていたら、全然エンターテインメントしていなくてとことん現実的。両親とともに地方に生きる32歳独身の姿を足しすぎず引きすぎず描写していると思う。

降り掛かってくる悩みもメリハリがあったり、急展開を迎えるようなものであったりはせず、とことん地味なそれでいて簡単には逃れられなく、かと言って絶望しっぱなしってわけでもなく、他者と生活する上でずっと付きまとってくるようなものをリアルな温度で表現されている。

序盤の主人公と両親のそれぞれの視点からの描写は、お互いに思いやっているけどどこかすれ違っているというか、相手の意図するところからどこか見当違いの場所に行動が着地しているような感じがする。また、更年期障害によりコロコロと変わっていく心理描写もおもしろい。

あと、エピローグの風景が誰の視点なのか読み始めてもわからず、途中で「ああそういうことか」とわかった気になっても実はそうではなくて、確固たる予想が生まれるまでに陥るグルグルと悩ませてくる感覚も心地いい。

両親との、交際相手との、職場での、どん底ではないけど一歩進んで二歩下がる感覚がずっと作中通して続いていく感じが高揚や興奮とは別物の中毒性を与えてくれる。そんな環境でも日々は続いていくし、向かい合っていくしかない。

Dragon Ash降谷建志が、「同じ場所にいるように感じたとしても螺旋階段のように上には昇っていってる」てな感じのことを言っていたのを、全く同じ状況ではないけど思い出した。

作中のきっかけになりそうな場面を過ぎるたびに、「ここから好転していくのか」と期待してしまい、そしてそう簡単は行かず、最後の最後までわかりやすい幸福は訪れない。それでも、ずっとそんな登場人物たちを見守ってきた感覚になり、立ち食い寿司屋での会話には感極まるものがある。

都は彼に触れようと手を伸ばした。明日死んでも百年生きても触れたいのは彼だけだった。

自身の問題に悩みながら自転し、周囲との関係に頭を抱えながら公転していく。そこには良いことよりも苦しみのほうが多いのかもしれない。それでも百年先まで自身と向き合い、周囲とともに生き抜く覚悟を持った人生は素晴らしい。

「別にそんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる。少しくらい不幸でいい。思い通りにはならないものよ」

 

 

3.『犬がいた季節』 伊吹有喜

 

連作短編集みたいな形で全章文句なしで良いんだけど、はじまりの第一章を読見終わった瞬間の充実感と言ったら。

犬のコーシローを支点にして、高校3年生という何物にも代えがたい、子供から大人へと一歩進む瞬間を切り取ることで、思春期の輝きや葛藤、これから待ち受けているであろう人生の苦難への恐れなど、様々な感情が増幅されている。

そして、やっぱりこの作者は人物の感情の背景や裏側というか、表には出さない部分の描写がめっちゃわかりやすいし、グッと来る。第一章の最後のコウシロウなんて本当に切なくていじらしくて、それでもしっかり一人の人間として立っている強さも伝わってきて、これからあと何回かこの体験をできるのかと思うと多幸感に満ち溢れた。恋愛の儚さと尊さも、人生と人間関係の少しの苦味を伴った面白さも、多くの感情体験を与えてくれる。

あともう一つの側面として、昭和の終わりから令和の始めまでの約30年間の日本の移り変わりも表現されている。自分自身が昭和63年世代ってのもあるけど、様々な文化や出来事があったんだなってことを実感する。しかも、高校3年生というずっと30年間変わらない年齢層から切り取って表現されているため、ふつうの追体験や自分が経験してきた感覚とはまた違ったふうに感じることが出来て面白かった。でもやっぱり、1995年の阪神淡路大震災地下鉄サリン事件の衝撃はものすごいなってことを改めて感じたし、受験生という立場で考えたら人生の岐路にも影響出てくるよなってことを知ることができた。

本当に各登場人物が魅力的だし、その魅力の根源にある感情の揺らぎ方の描写も見事で、そして繋っていくストーリーも最後の最後まで幸せに満ち溢れていて、読後の充実感と満足感は格別。

 

 

4.『本屋さんのダイアナ』 柚木麻子

正反対に見られるし見ている鏡のような二人が、近づき離れてまた繋がるまでの物語。

出会いの頃も、距離が遠くなったときも、二人は常に惹かれ合っていて、それは光であるとともに時には影となって自身を覆ってくる。自分には持ち合わせていないものを羨む劣等感や僻み、そういう清濁併せた感情を持ち続けて十年間疎遠でもお互いが心から居なくなることはなかった。

互いの語りが交互にあり、対照的な話のトーンが、その時のそれぞれの足りていないものを表し補完しあっているようにも感じられ、早く二人の再会が読みたくなり、もどかしい気持ちになる。

また、様々な児童文学・少女文学や作家名が出てきて、ストーリーにもリンクしてくるので、読書をする上での教養の素地みたいなものの大切さも実感する。こういうのがわかったほうが更に面白さ増すんだろうな。

十年間ぶりの再会という劇的さはあるものの、それまでの二人が経験する中高大学時代の経験は、良くも悪くも思春期ならではの純粋さや刹那さや幼稚さ、その当時でしかわからない感情の揺れ動き方や他人からの影響のされ方が表現されていて、読み手の現実ともしっかり繋がってくる。

友情の尊さも、自立の本質も、本の素晴らしさも、この本を読むだけでたくさんのことを気づき、感じられる。

 

 

5.『臨床の砦』 夏川草介

フィクションだけれども、紛れもなくこの物語は、今年初めに日本各地で起こっていたことであり、今も自身の街で起こっていることだと痛感した。

当時、画面やネットでは「医療従事者に感謝を」って声高に言われていたり、医療・福祉分野からの感染に非難が浴びせられたりしているけれど、実際にどんな状況・切迫感で、「病床使用率」という言葉の意味を誤りなく認識して、理解していたかというと恥ずかしながら分かっていなかった。

楽天的でいるままでは決して良くないけど、この作品を読んで変に悲観的になったり安心したりするのではなく、これが現実に起きていることだとしっかり認識することがまず第一に重要なのではないかと感じた。

いつもの心が温まる会話や、ブレイクスルーするセリフがたくさんあるわけではないし、医療従事者じゃなければどこにかすかな希望を見出せばいいかわからない、そして読んでいた5月頃のほうが状況は悪化していたとも思う。それでもこの物語は多くの人に読んでほしいし、早くいつもの『神様のカルテ』シリーズの新作を読みたいなと思った。

 

 

6.『正欲』 朝井リョウ

作家生活10周年の白版『スター』も作者らしくて面白かったけど、これは作者史上一番の問題作であり、個人的に今年読んだ本で一番だった。

著者の作品はだいたい読んできて、20代前半の時の作品は、こちらの痛いところ突かれてような感じもしつつ、スラスラ読めるような感じだったけど、年を経るごとにそのバランスが逆転したとというか、読み進めやすいとは言い難いけれども、捲る手を止められない中毒性が増してきた。特にこの2〜3年の作品は。

今作においても「特殊性癖」ということが軸の一つになっており、若者からも支持されていて実写化するような作品をバンバン出している、ポピュラーな作家が書かなくても良いような腫れ物扱いされるような題材に真正面から向き合っており、作者の覚悟を感じたし、もういい意味で青臭さが多分に漏れてくるような作品は読めないのかなって少しの寂しさもあった。

性犯罪はもちろん悪だけど、小児性愛とか特殊性癖については先天性のところが大きいと思うし、自身ではどうしようもないものなんだとわかり今までの自身の視野の狭さを感じたし、一緒くたに目を顰めて退けるのも違うよなって読んでいるうちに思ってくる。

また、題材の衝撃というか重さだけではなく、物語の展開もぐっと心を掴んでぶん回されるところがいくつもあり流石だなと思った。冒頭で読んだ独白の意味やニュースの内容が全部読み終わったあとにもう一度読み返すと、ミスリードされていたことに気づいて、違った捉え方ができるし、哀しさがズンと押し寄せてくる。

あと、登場人物のてんで見当違いな考え方とか、胸糞の悪さの描写が秀逸で、やっぱり人のダサいところや恥ずかしさを伴った醜悪さを書かせたらピカイチだなと再確認した。

その至らなさの指摘に終わるのでなく、そこを伴った上で、終盤の大也と八重子の、すれ違っていた思いをお互いにぶちまけることによって、ついに重ねられそうな部分がかすかに見えてくるところなんかも、その後の事件を知ってるからこそ、哀しさと喜びが入り混じった感情になる。

そして逮捕後の佳道と夏月の、世間への諦めと二人だけの通じ合いについても、その現実自体は辛いけど、世界でただひとつの生きていく希望・理由が見い出せて幸福感すら感じてくる。

フィクションであっても、事象自体は紛れもない現実で、何かを断定した感想なんて言えやしないし、マジョリティとマイノリティについても耳が痛い分も多分にあり、触れられたくない部分をこれでもかとかき回されて、生きていく上での考え方、社会のあり方、他人への理解と傍観の示し方など、たくさんのことを改めて考えさせられた傑作だった。頭ん中でいろんな情報や考え方がごちゃ混ぜになって未だ整理できていないので、読んだ人と響いた部分を出し合って意見を交換したくなる。

ここまで踏み込んでしまうと、作者としても後戻りできない境地にたどり着いたんじゃないかと思うし、個人的にも今まで読んだ作品もこれから読む作品にもどこか薄っぺらさを感じてしまうんじゃないかという不安を感じさせるとてつもない物語だった。

 

 

7.『スモールワールズ』 一穂ミチ

読み始めたときは、せつなさとあたたかさが混ざった感じの短編集かなと思ってたけど、「ピクニック」の最後3ページを読んだ時瞬間に印象がガラリと変わる。それまでのジンワリ感も相まって背筋凍るような寒気を感じた。この本はそんな生易しいものじゃないなと。

そのあとの「花うた」や「愛を適量」もわかりやすさや、大多数が期待しているような結末ではなく、幸でも不幸でも、しっかりそこの登場人物たちの人生を描ききっている印象だった。

人の生活や人生なんてのは喜劇や悲劇に割り切れるものではないし、色々な清濁併せた経験や感情の層を積み重ねて、最終的に誰がどこから観るかで変わっていくんだなってって思わせてくれる、今まであまり経験したことのない面白さがクセになる。

 

 

8.『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』 町田その子

ハッとするドンデン返しや、涙を誘うヒューマンストーリーや、生々しい妖艶な描写とか、そういうことに振り過ぎるのではなく、あくまで自然な流れで、でもその流れから逃れられない魅力がたっぷりあって、こういうのをセンスいいって言うんだろうな、とふと思った。

各編の繋がり方も大仰なものではなく、基本的には同じ土地に関わる人達の緩い関わりだけで、どこで繋がってくるんだろうなという楽しみもありつつ、その僅かな繋がりが大事な要素を担っている構成も良かった。

それぞれが抱える苦しみや葛藤に対して、決して明快な救いを提示するわけではなく、環境は境遇は変化すれど、あくまで「生き続けていく」ことに焦点を絞った物語は心を撃つものがあった。また、朝井リョウの『正欲』を読んだ後だと、それぞれの決別できない性質みたいなものに対する理解が今までと違ってきていて、改めて貴重な読書体験だったなと実感した。

 

 

9.『万事快調(オール・グリーンズ)』 波木銅

カンヅメだった研修中のつくばのキレイなTSUTAYAで、なんかいいのないかなと思ったら、異様に緑に輝くペーパーブックが。

茨城のどん詰まり。クソ田舎の底辺工業高校には噂がある。表向きは園芸同好会だが、その実態は犯罪クラブ。メンバーは3人の女子高生。彼女たちが育てるのは、植物は植物でも大麻だった!

帯のあらすじからしてメチャクチャで、でも権威ある賞の受賞と錚々たる人物たちからのコメントのアンバランスさも相まって即購入。

田舎の寂れた高校生たちの現状に対する不満とここから逃れたいという渇望と、それでも無視できないしがらみ。そしてそれらを一瞬にして置いてけぼりにしてしまうような狂った疾走感と黒いユーモア。

イタいところもダサいところもあるし、整合性がとれてなさそうなところもあるけど、それらを含め全て「若さ」という免罪符を縦にして押し切ってラストのゴールまで突っ走ってしまう怪作。

大好きな樋口毅宏の『さらば雑司ヶ谷』に通じる刹那性と生々しさとエゴに夢中になった。

もう一度ゆっくり読んでみたいけど、どうせまた勢いに任せて読んで、とてつもない最大瞬間風速の面白さしか残らないんだろう。

 

 

10.『ワラグル』 浜口倫太郎

深夜ラジオのCMで宣伝されていたこれ。

著者のことも知らなかったので、CMからは軽快なエンタメかなって想像して読み始めたら…手が止まらず一気読み。めちゃくちゃ食らわされた。

笑いに人生のすべてを懸けて、そして魅力に取り憑かれて、狂っていく人たちを熱量と滑稽さと悲壮感と危うさをすごくいいバランスで描いている。

お笑い関係者だった人が描く作品って、どうしてもコントのネタのようなイメージを持ってしまい、その上手さ的な部分が印象に残りがちだけど、これは物語と人間が強烈に焼き付く。

よく語れるようなお笑いの凄さや覚悟のようなものを、そちら側の自己陶酔に傾ききるのではなく、諦めや挫折、世間と比較したときの立ち位置など冷静に分析して描写しているので、僅かでも自分たち一般人との接点を持ち続けながら登場人物たちの感情に触れることができる。それがよく出ているのが、与一と文吾が初めて公園で話すシーン。日本一の漫才師という称号を持ちながらも、冷静に社会との距離を理解していて、そして理解しながらも、その距離を補うためにはもっとお笑いにのめり込まなければならないという狂気にゾクゾクしてしまう。

そして、そのようなお笑いに懸ける人間たちの物語に魅了されていると、終盤でガラッと、まんまと錯覚させられていたことが判明する。最初は「え?」ってうまく理解できないんだけど、自分が思い込んでいたことに気づきはじめると、どんでん返しの上手さというより、もはや寒気すら感じる。しかもメイン三人の主人公的要素の割合みたいなものまで一気に変わり、物語の全く想像していなかった面白さがどんどん押し寄せてきて処理しきれなくなる。

読み終えたあとには、興奮か幸福感か、それとも一抹の寂しさなのか区別しにくい感情が残り、それをもう一度味わって確かめて、そして著者が散りばめた仕掛けをじっくり味わい直したくてすぐにでも読み返したくなる。

 

 

11.『硝子の塔の殺人』 知念実希人

マイマスターの噂の新作。

だいぶ期待値上げて読んだけど、ものすごかった。惜しむらくは、自分にミステリの素養や下地がないから、この作品の面白さを200%は味わえていないこと。それでも120%面白いんだけど。

おそらく、「本格ミステリ」という類のものを意識して読む初めての作品。大仰な舞台も、個性が強い登場人物も、手の込んだトリックも、全てに濃い読みごたえと驚きを感じて、それだけでももちろん読む価値が十分にあるんだけど、冒頭のシーンに追いついたと思ってからの展開。ちょっと凄すぎて呆然とした。

語り部、登場人物、読者すべてを手玉に取る見事な展開に脱帽。それこそ、幾重にも重なっていく螺旋のように、一連の事件にどんどん別の角度の視点が乗っかっていく。

そして、最後の最後の真相で、真犯人がかなり浮世離れした感じがするんだけど(そもそも殺人犯なんだからそりゃそうだけど)、なぜか最終的には清々しさすら感じさせる終わり口というか、後味もしくは切断面の綺麗さは作者ならではのように思う。

自身が主戦場としていた医療というステージに立たなくても、純然たる力でこれほどまでに魅了させてくれる作者に畏怖の念すら感じる。

 

 

12.『夜が明ける』 西加奈子

冒頭は青春小説を思わせるような語り口。まるで金城一紀の『GO』のような。

主人公にとってアキという異物のような存在に出会うことによる人生の変化みたいなものが描かれていくのかなと想像していたら、それはそうなんだけど物語はどんどん二人の個人的な深みを増して混沌混迷していく。それは不運という要素を抱えながらも、2000年台以降の日本に間違いなく存在した社会のひとつの側面だった。ガムシャラにひとつのことを頑張ることでは乗り越えることが難しく、連鎖的に反応し合う社会環境というか。

『サラバ!』や『i』のような感動があるわけではないかもしれないけど、壊れかけた主人公のもとを後輩を訪れる場面から、破滅に向かっていた物語に救いが差し込んできた。そして、その考え方というのは自分自身もどこかないがしろにしていたというか、ハッとさせられるものであった。

 

最近自業自得だとか、自己責任だとかいう言葉をよく聞くよねって。それはもちろん、適切な言葉としての機能があったかもしれないけど、最近は、大切な現実を見ないようにするための盾になってる気がするって。だからそんな盾はいらない、みんなもっと堂々と救いを求めてって。それで、自業自得だとか、自己責任とか、そんな言葉は、その人が安心して暮らせるようになって、本当に心から安心して暮らせるようになってから、初めて考えられるんだから。初めて負える責任なんだからって。

もちろん、根性は大切だと思うんです。頑張るべき時は頑張る、それは絶対に大切だと思うんです。でも、頑張っても、頑張っても、ダメな時はありますよね?

先輩には、先輩のために、声を上げてほしいんです。苦しいときに、我慢する必要なんてないんです。それって誰が得するんだろう?それに我慢を続けたら、きっと、声を上げた人を恨むようになっちゃうと思う。先輩が私のことを嫌いなのは、私が先に声を上げたからじゃないですか?

 

苦しかったら、助けを求めろ。

 

わずか10ページ程度のあいだに、いろんな表現で大切なことが何度も強調されていて、ここが一番のメッセージなんだなと感じる。そしてそれは自分の中でもどこか持っていて、個人の責任を理由に他者を切り捨てようとする考え方へのアンチテーゼだった。このシーンが、ラストに描写されている、ここ十数年の日本が切り捨ててきたものに対して想像を膨らませるきっかけを与えてくれる。

そしてフィンランドからの荷物が届いてからの、この小説のネタバラシのような部分を読むと、まんまと冒頭から錯覚されていたこと、アキラとアキ・マケライネンの関係など、作品の構造としての素晴らしさにも驚かされる。

幼い頃に台所に立っていた人物や、『男たちの朝』の原題など、ロマンやファンタジーを感じさせる部分もグッと来る。

とても面白いんだけど、わかりやすくまとめることができず、それは自分自身の現在進行系の考え方にも影響や反省を及ぼすものであって、真正面から向き合うには覚悟が要る物語だった。賛否両論あるかもしれないけど、間違いなく今の日本に必要な作品。

 

 

13.『普通のサラリーマン、ラジオパーソナリティになる』 佐久間宣行

『ゴッドタン』とかガッツリ見ていたわけじゃないから、開始当初はこの人の凄さや面白さを知らなくて、聴いてなかった。でも、段々と面白いとの噂や聴いたほうが良いと薦められて聴いてみたら、見事にハマって約二年。今ではマイラジオヒーローでありエンタメ導師であり、憧れる働くおじさん。

聴いたことあったエピソードトークも活字にすると、更に面白さが湧いてくるし、そもそも純粋に話のクオリティが恐ろしく高いと思う。若林にも作中で指摘されてるけど構成も無駄がないし、あとやっぱりあの笑い方で思わずこっちも笑ってしまう。ああやって自分で自分の話に笑っていても違和感だったりドヤ感ないのは、あくまで芸人ではないってことも関係してるのかな。あと人柄か。

カフェで読んでるとき終始ニヤけてしまって明らかに様子おかしかったけど(マスクしてる時期で助かった)、とりわけヤバかったのが聴いたことなかった『ラジオな寿司屋』と、知っていても面白い『浜松町のカフェ』。なんかの作品なの?ってぐらい完成されているし、会話とそれに対するツッコミもツボだし、人間観察力がエグい。

また仕事論的なことも魅力のひとつだけど、『石岡瑛子展』での「かっこよすぎるものは、その人以外には似合わないぐらいだから、かっこいいんだ」てのは、俯瞰では理解できるけど、主観では自身がそこまで突き抜けて何かに取り組んだことあるわけではないから、わかりきらないところもありそこもまたグッと印象に残っているし、改めて只者ではないんだなってことを感じさせる。

魅力上げだしたらキリがないし野暮だけど、本当に10年でも20年でもずっと聴いていたくなるラジオの魅力のほんの一部が凝縮されている一冊。

 

 

14.『あの夏の正解』 早見和真

『イノセント・デイズ』や『ひゃくはち』などの小説が好きな作者だったけど、ノンフィクションでもやられた。

戦争や米騒動で、過去2回しか取りやめになったことがない、甲子園。それが感染症という生きている人が誰もが経験したことのないことでなくなってしまった。

作中でもあるように、「自分が懸けてきたものに挑戦さえできない」状況に高校生たちはどのような感情を発するのか。それは自分たち大人がわかったように、労っているように寄り添う綺麗事では片付けられない渦巻いた変遷を辿っていく。そこにあるのは割り切りからの清々しさなのか、ある意味では呪縛から逃れられた開放感なのか、チームスポーツと言えど、そこには本当に一人一人違った思いがあった。

高校野球というのは本当に見返りが少ないスポーツだと個人的には感じる。どれだけ毎日必死に練習して、学校生活含め品行方正を求められ、厳しい上下関係に囚われたとしても、それでも目指したいものが「甲子園」であり、三年間過ごしたいものが仲間との高校野球なんだと思う。本人たちにとっては、もちろんそんなに苦しい環境ではなく、一時の楽しさや嬉しさがすべてを勝っているのかもしれないが。

大きな目標を目指して、勝つことも負けることもさせてもらえなかった子どもたちに、指導者たちはどんな姿勢で向き合えばよいのか、大人たちにも何度も翻意して悩ませて出した結論があった。

作者自身の高校野球生活も含まれており、自身が味わった挫折や後悔も媒介として、生徒たちのわずか三ヶ月ながら、他者にとっては途方も無いほどの年月をかけて経験するであろう心の変遷と成長を味わえる。

作中に登場するような強豪校だけの話ではないし、いろんな状況・立場の生徒たちがいるだろうけど、「自分のせいではなく諦めることを余儀なくされる」という理不尽を思春期に経験した、とても稀有な存在の彼らの感情に触れることと、これからどのよう大人になっていくかという期待を抱くことは、今現在の大人たちにとってとても貴重で贅沢な経験だと思う。

 

 

15.『パリの国連で夢を食う。』 川内有緒

『パリでメシを食う。』で出会い、その決して大げさではなく、特別に見える人それぞれの普通を普通なままに描写する文章にハマってしまった。

今作は、作者のインタビュアーとしての魅力が開花した始まりの物語。

今作は国連という選ばれた人たちの、大勢から羨まれる世界が舞台だけれども、そこにいる人たちを、ひとりひとりの人間として正対して向き合い、普遍的かつ最短距離で各々の欠点を含む魅力が伝わってきて、しっかりと人間臭さを感じられる。

表れていない努力が凄まじいのは大前提として、飄々と流れと自身の気持ちに素直に、世界を股にかける著者の姿を見ていると、三十路半ばとしては、なんらか行動や生活を変えたくなるし、満足している(つもりかもな)ここからのルートで本当にいいのかなって、いい意味で迷いを抱かせてくれる。

おそらく爺さんになるまでは、ずっと心に引っかかりを残してくれるであろう作品。それからもずっとかもしれないけど。

 

 

16.『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー2 ブレイディみかこ

前作で知り、馴染みのないイギリス・ヨーロッパ・世界と自身を繋げてくれる機会を何度も与えてくれた作者。

今回も期待通りの面白さながら、少し受け取り方が変わってきたなとも思った。前作は更地の無知ってこともあったけど、作者や息子くんを通して未知だけど確実に存在する社会を知っていくような感覚だった。

しかし、今作は思春期を迎えていく息子くん、そして同級生の考え方や物事の捉え方、小さいコミュニティでの振る舞い方が、自分にとっては鮮烈で、何度もハッとする思いをさせてくれた。大人・子どもなど関係なく、その時代の当事者として生きている若者の感覚が印象的だった。そして、そこに感じるものがあるということは、自分自身がその期間を既に通り過ぎてしまったということなんだなと。

あと、配偶者のエピソードや何気ない一言が引っかかるものが多く、さっき書いたこととは逆になっちゃうけど、大人には大人としての役割や責任がなくなることはないんだなとも思った。

『大人がそういう自分たちの過去をすっかり忘れて、自分は汚れなき市民です、みたいな顔して、いまどきのティーンは末恐ろしいとか世の中が狂い始めたとか言うの、ちょっと違うんじゃねえの』

前作よりも増した普遍性によって、遠い国の出来事ではなく、身分や年齢の差を理由にするのでもなく、フラットな視点で社会を見て、学んで、伝えてくことの大切さを教えてくれた。

完結編ということだけど、ずっと成長を読んでいたくなる。

 

 

17.『ナナメの夕暮れ』(文庫版) 若林正恭

単行本で読んだ3年前から、ラジオでエッセイでテレビでずっと追いかけて、もはや自分の中ではDragon AshのKjと同じほど10コ上のヒーローになった著者の文庫版。

「明日のたりないふたり」後のあとがきも読みたくて改めて購入。思えば同じ作品を読み返すことって自分はほぼなくて、これと『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』と金城一紀の『GO』ぐらいかも。

その時代の著者に至るまでを切り取ったエッセイだから、もちろん今の著者自身とは違っていて、でもその分自身の年齢も進んでいて、昔読んだ時とは別のエピソードや言葉が響いてきた。

 

自分の意見は殺さなくてもいいということだ。

自分の正直な意見は、使う当ての無いコンドームのように財布にそっと忍ばせておけばいい。それは、いつかここぞという時に、行動を大胆にしてくれる。

 

エネルギーを"上"に向けられなくなったら終わりではない。

"正面"に向ける方が、全然奥が深いかもしれないと思えた。

 

ほかにも「まえけんさん」や「おっさんはホスト」など、おっさんになったからこそ気付いたりグッとくるものがあった。前読んだ時にも衝撃を受けた「キューバへ」の鮮明な素晴らしさは言わずもがなだけど。

そして新たに加えられたあとがき。

やっぱり著者はこの当時からは間違いなく変化中であり、全てが今の自身に当てはまるものでもないし、過去の言動や行動、思考が全て今に活きているとはいえないのかもしれない。

でもそれでも過去の積み重ねや崩壊があったからこその今があり、そのことに著者が昔の自分自身に感謝していることが伝わってくる。

 

傷つき過ぎて、黒い部分が擦り減って両面が白になった石は君が俺に手渡してくれたものだよ。だから、ありがとう

 

 

18.『バッテリー』(シリーズ) あさのあつこ

言われまくってることだけど、「本当に児童書なの?」って疑問が読んでいてまず浮かぶ。

と思って「児童書」の意味を検索してみたら、「子供のためにかかれた本」と出てきたので、そういう意味では間違いなくそう。でもこれは全年齢層全方位的に響きまくるし苦しくさせる。

青春系の爽やかな読みやすい感じなのかなと思っていたら、エゴと自尊心と存在意義の証明と、世間・社会・組織・仕組みへの苛立ちと対する無力さと反抗と、消化しきれない清濁併せ持った感情がこれでもかと溢れていた。読んでいるうちにどんどん苦しくなっていくのは、自分たちが大人になるにつれて妥協や諦めを伴って見過ごしたり、目くじら立てなくなってきたことに対して、主人公が傲慢なほど純粋な感情を持って相対しているからだ。

わずか一年間の、公式戦を一度も行わず、しかも試合を一度も最後まで描ききらないのに、野球に対するこれでもかと高い熱量を感じて夢中になれる。しかもその濃密な一年間を、主人公たちと野球という絶対的な軸をぶらさずに描き通すから、脇役たちがどんどん移り変わっていき、巻を増すごとに感情と熱量の純度が高まっていく。野球に真摯であるからこそ、そこには手を取り合うような友情は介在しない。

あとがきも含めて、この作品が自立と覚悟と抵抗の物語だったんだなと感じるし、作者自身も主人公と戦って負けてを繰り返してもがいてきたことが読み取れる。

読んでて何度も焦ったり、息詰まったり飲んだり、苦しくなるところがたくさんあるけど、子供も大人も全員に刺さる傑作だった。

 

 

 

 

て感じでした。

思考停止して楽しめるエンタメや、好きな人のエッセイ、この年齢ならではで響く物語、コロナ禍だからこそ生まれて読むべき作品など、わりといろんな本読めた気がする。

来年はもっと読むペース落として、全作品感想書く感じで楽しみたい。

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