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アーティストになったのは、自分を殺さない人生を作るため

朝から思ったことを紙に書きまくる毎日。
普段だったらそのあと「ルーティン」に従って家事や自分のケアをするのだけど、愛猫の水を変えてトイレの掃除をしたら、リュックに「最低限必要なもの」を詰め込んで外に出た。でも歩いてみたら充分重い。

家の近くは緑のある場所が多いのだけど、また少し遠くへ来た。「不用意な外出」に含まれるかもしれないけれど、また自殺が頭を掠めたので勘弁してほしい。

アーティストに転向しようと決めてたことや、その理由を、ずっとうまく明文化できないでいた。いや、しようと思えばできたのかもしれない。だけど怖かった。

小さな頃から、わたしが興味を持ったことを表現しようとすると周りの人に笑われてつらい思いをすることばかりだったからだ。

今でも鮮明に覚えている。

中学の英語の授業。「自分の電話番号を英語らしい発音で言ってみましょう」と言われ、わたしも先生の感じを真似して練習していたら、クラスメイトの男子がこっちを見て笑い出した。「ぶってる〜!」

いや、そもそもそれっぽい発音をしようという英語の授業なんだよ、あんたがやりたくないならやらなきゃいい、わたしはやりたいんだ、放っておいてくれ。

歌も絵も体育も他の何でもそんなことばかりだ。他人に構うなら自分の好きなことをやりなさいよ。

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この頃、30代になって始めたギターは弾き語りの練習を始めた。父がギターを片手に楽しそうに歌うのを聴いていた子どもの頃に戻れる気がして泣ける。物心つかないくらいから習っているピアノもまた楽しめる方法を見つけた。

それにしても「表現」に対して「恥ずかしい」と思っている人が多いのだろうなと思うことが多い。自分は下手だからと思い込んだり、上手い人を見れば才能の違いだからどうしようもないと思ったり。

でも、誰だって日々、何かしらの表現をして生きているのに。驚いたときに大きな声が出たり、天気がいいと笑顔になったり。それを自覚したらいいのに。

わたしの英語の発音を笑ったあの子だって、自分の好きなことがあっただろう。わたしはそれからも何かと人に笑われると傷つくことを恐れて、「人に嫌われないための見かけや振る舞いの研究と実験」を死に物狂いで繰り返した。そしてどんどん自分自身を抑圧していき、「人間失格」でいうところの「道化」が身についてしまった。

自分が本当は悲しかったこと、やりたかったことを掘り出すのにカウンセリングでも5年以上かかっている。まだまだゴミ箱の奥底に押し殺したものは出し切れていない。

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アーティストで生きるなんてどうしたらいいか分からなかったし、今も必死で探している。生きていくためにはどうしたってお金が必要だ。

精神障害や感覚過敏の影響で相変わらず毎日コンスタントに生活できないし、だからといって働ける仕事をすることもできず、もういいかげん諦めた。

スマホの通知は全部切って通知センターで見ている。人の感情に影響され過ぎてしまうのでそうしないと体調が保てない。よくこれでWebデザイナーやらイラストレーターやらやれたなと我ながら思う。もちろん経験したからこそ得られたことはたくさんある。それに、社会の中で働けているという実感は泣けるほど嬉しかった。

それでもわたしは、いつもすぐ飽きてしまうし、やることもバラバラになってしまう。イラストレーターのときは常に自分の説明に悩んでいた。名刺にはイラストレーターにプラスしてエッセイストだったり、クリエイティブディレクターだったり、色々なものが書かれた。

本当はやってることはもっといっぱいあった。でもそうすると、もっと「わからない人」になってしまう。

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わたしの好奇心、行動力(やりすぎる時もあるけど)、表現欲求は常に強くあった。

その軸は確かにあったのだけど、何かひとつを深めたいという枠がなかったとやっと気づいた。「イラスト」「写真」「エッセイ」…どれも大好きだけど、そこに収まっていられる時間は短い。すぐ飛び出して新しい何かを探したくなる。だから人から見たら意味不明だったと思うし、どうやって「自分」を伝えればいいのかわからなかった。

でも、最近アインシュタインの映画を見ていてすごく気に入ったエピソードがあった。

当時大スターのチャップリンとアインシュタインが並んでいるとき、たくさんの人が集まってきて、アインシュタインにも人がたくさん。アインシュタインは不思議そうに「チャップリンさんは人気だけど、なんでわたしまでこんなに人が…?」と聞くと、チャップリンはこう答えたそうだ。

わたしは分かりやすいから愛される。でも、アイシュタインさんは分からないから愛されるんでしょう。みんなあなたの知性や、人間性、色んなものが知りたいんですよ

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そうだ、誰かに理解されなければいけないと必死になる必要なんてなかった。だってわたしだって誰のこともわからない。それでもわたしは「結局何をつくりたいんですか?」と聞かれるのが怖かった。理解されていないなら、また傷つくと思い込んでいた。

だけどいつもやりたいことは何でもやってみるし、1つになんて絞れなかった。何かを極める職人にすごく憧れたけど、どうしてもなれなかった。そんなこんなでもし今なぜアーティストになったかきかれたら、こう答える。

「自殺しないためです」

何度やったか分からない自傷や自殺未遂。社会に適応したくてもどうしてもうまくいかない。いつも悩んでいたわたしに様々な人がくれたアドバイス達を思い返すと、ただみんなわたしを「直そう」としていた。みんなと同じになれ、そうすれば苦しくないよ、と。好意だっただろうとは思う。でも今になってたくさんのアドバイスが、どれだけ自分を追い詰めていたか分かる。だってどんなに頑張ってもわたしの低い声は高くはならないし、モテる感じにハマる方がいいと言われても全く似合わなかったりした。

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「人は一人一人違う」なんていいながら、身体上の特徴など似ている部分が多いこの日本では無意識的に「違うもの」に反応してしまう空気感がある。

だからずっとどこか違う場所に逃げたかった。

わたしの生きづらさを海外から来た友達に言ったこともある。彼女もアドバイスをくれた。でも同じく生きづらくても彼女は努力して母国を飛び出した。だから具体的に行動をしないわたしがただの怠慢に見えたのだろう。

あなたはたくさんの利益があるから日本にいたままなんでしょ?今のあなたは「ただ不満を言ってるだけ」だし、自分にとってベストな場所があると思い込むのは危険だよ。

その晩は悲しくて悲しくて延々と泣いた。

もっと自分が生きやすい場所を探してみたい、そうじゃないと死んでしまうのに。もちろん友達の言うように、ベストなんてないと思う。でもひとしきり泣いたらスッキリして、ベターなところくらい探したいし、もし全くなければ自分で作ればいいと思うようになった。これはアーティストになる前には思いつかないことだったと思う。

とにかく自分が死にたくならないようにしないといけない。

脳がパンパンならとにかく紙に書きまくったり、楽器を弾いたり歌ったり、絵を描きたいなら絵を描くし、走ってみたり瞑想してみたり。

たくさんの苦手なことを補うためにいつもツールややり方を工夫して、それを書いたものがいくつかnoteで未だに読まれている。「その時のわたし用」なのでもう使ってないものもあるのだけど。

一時凌ぎを重ねて、自死だけは選ばないように。Aが効かなかったらB、いやもっといい方法が…と常にアレコレやっている。アーティストになったら何を作ってもいい。だって世の中のアーティストたちは、メインにする手法があったとしても、別のことだってたくさんやっている。

「なんで○○なのにこれを作るの?」って疑問を持たれても、彼らには強い信念がある。だからわたしは様々なジャンルの人たちの考えを知るのが好きだ。作る人にとって最もコアなのは信念・思想で、そこからその時に適した手法でモノが作られる。

わたしの思想は「自分に対する不満」。そして、不満に押し潰されて「自殺しないためのものを作って生きる」。世の中に不満もたくさんあるけれど、まずは何より自分に溜まっていくのを防ぎたい。

世の中に絶対なんかない。つらいことがあるとすぐ死にたくなり何かを傷つける行動を起こしていた。今はやりたいことをやるために生きたいとやっと思えるようになったのだ。

そもそも「気持ちの持ち方」で「気持ち」なんて曖昧なものは立て直せない。だからいつも何かを作らないといけない。アーティストはわたしの生業になった。

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生きる誓いのひとつみたいな決意で飼い始めた愛猫。もう10年近く一緒に過ごしている。小さい頃から猫を飼うのが夢だったけれど飼える環境がなかった。今やっと叶ったのだから、この子ができるだけ長生きできるように、最近はお世話を前より頑張るようになった。

今まで、全力で歌っていると体の代謝が急に良くなることは自覚していた。汗を大量にかくし、トイレは近いし。カラオケも今は行けないから、さっきまで歩きながら歌えそうな場所を探していた。

この文章もずいぶん長くなった。まだまだ書きたいこともたくさんあるけど、少し水でも飲もう。



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