【自己アート解説】"子宮の中にくるみ込んで、あっためてあげたい"-岡本太郎の事実上の妻の言葉から
日本の有名な芸術家、岡本太郎はプレイボーイだったそうだけど、事実上の妻の岡本敏子という女性がいた。「子宮の中にくるみ込んで、あっためてあげたい」というのは彼女の言葉だ。
そして岡本太郎が独身主義だったため(両親の影響といわれている)、岡本太郎は秘書の彼女を「養女」にした。なぜかというと、死後に「妻」だと遺産が分配されるけれど、養女なら全て彼女に入るという考えのもとだったらしい。
先日、愛に関する二人それぞれの言葉をみて、アバンギャルドに活躍する岡本太郎を支える彼女の言葉に胸がぐっとなった。なんて愛なんだろう。どれだけ思い続けていたんだろう。
「恋愛なんていつも片思いなんだ。それでいいんだよ」
確か「片想いでいい」ということを二人とも言っていた。もしかしたら岡本太郎自身も、これだけ愛した岡本敏子と結婚するべきか悩んだのかもしれない。現代でも結婚には大きな意味があるし、当時はもっと強かったのかもしれない。それでも岡本太郎は彼女との関係を「養女」にすることで特別な存在にしたのだと思う。そんな思いから、はじめて子宮の絵を描いた。
岡本敏子自身も、愛する人と結婚できないということに苦しんだかもしれない。今も色々なセクシャリティや恋愛観の考え方を持つ人がいる。どうしても国やお互いの関係、自分の体のことを考えて、苦しむこともあるかもしれない。
普段わたしは子宮を持って生きていながら、なかなかその存在感を感じることはない。月経だったり、不調があると恨みたい気分になることもある程度だ。子どもを授かったこともないので、女性の持つ臓器だ、と保健体育で教わったまま生きているような感じすらある。
そして妊娠を望んだセックスをしないと、相手の息吹は子宮まで届かない。小さな子どもが家の鍵を無くして右往左往するように入り口には確かにその存在を感じるのに。中に入れてあげたい。でもそうしたら、二人で決めた色々なことが崩れてしまう。岡本敏子はそんな思いからこの言葉を遺したのかなと思う。だから自身は「養女」だったけれど、むしろ岡本太郎を「子ども」のように思っていた部分もあるのかもしれない。
明日で9月が終わる。月末月初は仕事が忙しくなる人が多く、Twitterをみていてもそうだし、夫もずっと机に座ったまま延々と仕事をしたりしている。男性だけでなく、女性でも忙しそうに働いている人が、わたしはずっとうらやましい。わたしも仕事が大好きだけど、どうしても働きたいように働けなかった。だから悔しくて情けなくて、わたしをずっと支えてくれている家族や夫に「お疲れ様」ってきちんと言えていなかったかもしれない。
それが思いがけず、でも必然のように、わたしはアーティストになった。活動で言えば、岡本太郎と近い。でも女性として岡本敏子の気持ちにも近くてその間にいるような感じもする。
いつも疲れている大切な人を、「俺は疲れてない!まだやるんだ!」とかなんだとか言っていても、ハイハイって子宮に取り込んであたためてあげたい。肩掛けくらいの感覚で包み込めたらいいのに。だからもう自分の体温で強制的にあたためて、どうせたまには休んだらって言っても聞かないような、それだけ頑張っている大切な人を寝落ちさせたりしてみたい。
頑張っているといっても、単に仕事のことだけとはわたしは思わない。闘病や、悩み苦しむことや、色々なことがある人もいるだろう。わたしもずっと社会に適応できず苦しかった。それを思いがけず覆すことが、むしろ社会に適応しないアーティストだった。やりたいことはまだ全然できていない。それでも、女性の体に生まれた自分の中に確かにある子宮で自分自身をくるんで、大切な人、大切なものをくるんであたためたいと思う。そうして、女性であることが、自分のアートに大きく影響するとも思う。
これからますます世の中のパートナーシップの形も変わっていく予感がする。そんな流れの中で、実際に子宮を持っていなかったとしても、「くるんであたためてあげたい」と思えるような人たちが、もっと笑って生きられるといいと思う。
そんなことを思って描いた1枚でした。気に入っていただけた方は、ぜひわたしのアートへのサポートをお願いします!