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ブルース

私がギターに初めて触ったのは、高校卒業してからだった。わりかし、遅い方だと言えるだろう。

友達が捨てる予定だった、ヘッドにヒビが入っているぼろギターを2000円で買った。

当然、チューニングも安定しない。弦高もヘンに高く、とても引きづらかった。お世辞にも面白いとは思えなく、すぐに手放してしまった。

それから私は、某私立大学に一年だけ入学する。

進学するつもりはなかった。すぐに働くつもりだったのだ。しかし、下手に進学校に入学してしまったばっかりに、周りはそれを許してくれなかった。

今思えば、あの時私をいい加減に導いた「マツノ」という担任は、かなり罪深いことをしたと思う。同業の方には本当に申し訳ないが、私は学校教師が死ぬほど嫌いだ。

結果、やはり我慢して一年間通っただけで辞めた。父も学費を無駄にしたとか何とかボヤいていた(母だけは、何故か快く了承してくれた)。知らん。最初から行かないって言っただろうが。お前らが悪い。人の人生を弄ぶな。私はお前らじゃない。

その後、学のない私は、田舎でアルバイトを始める。

ある程度お金が貯まった後、何となく...本当に何となく、「ギターでも買ってみるか」と思った。あの時の動機は、未だに思い出してみてもよく分からない。

私が購入したのは、フェンダーのストラトキャスター

カスタムショップのクローゼット・クラシックタイプ(クローゼット内に長年放置した時の状態を想定し、いい感じにボディに人工的なクラックを入れているもの)。約30万円ほどした。

生まれて初めて、本格的なギターに触る。

家にあるギターのスコアは、GLAYやL'Arc-en-Cielといった、要はビジュアル系バンドのもの。X JAPANやB'zのスコアもあったかな。

それらを見て練習してみる。楽器屋の店員さんがしっかり厳選してくれた、素晴らしいギターだった。座って弾くと、信じられない事に、アコギばりに腹に響く。それだけ、エレキとは思えぬ「鳴り」を秘めていた(ストラトの特徴と言える)。全く弾けない私には、まさに豚に真珠というやつ(笑)。

アンプに繋ぎ、オススメされたエフェクターを使って真面目に練習してみる。

...えーと...面白くねぇ。

「高校時代、ビジュアル系バンドってカラオケで盛り上がったんだけどな...。ギターってこんなにつまらないのか。やっぱり、花形はボーカルなんだ。俺、ボーカルの方が好きだなー...」

——そんなことを思いながら、お化粧バンドのスコアをコピーばかりしてたっけ。

そうしているうちに、本格的に熱が冷めてしまった。

せっかく30万円も出して買ったギター。無駄にしたくないと思い、楽器屋の人に質問をしてみた。

「ストラトで有名なギタリストって誰なんですか?」

すると、店員は間髪入れずに答えた。

「ジミヘン。」

じみへん...か。聞いた事だけはあるけど...。

試しに、帰りにジミ・ヘンドリックスのCDを買った。まぁ、こう言う時は大体ベストを買うよね。二枚組のやつで、やはり代表曲が入っていた。

...が!まっっっっっったく良さが分からない...。なんだこりゃ。どこが良いんだ、これ。別にB'zの松本やX JAPANのhide、Mr.Bigのボール・ギルバートみたいな早弾きもしてないし、あんまり凄くない様な...。何か、歌いながらソロ弾いたりしてるのはすごい様な気がするけど...。ていうか、歌うというか、喋るというか。

また他の日に楽器屋に行き、「ジミヘンの良さが分からない」と伝えた。

すると、「そっか。まだ早かったんですね。じゃあ、スティーヴィー・レイ・ヴォーンっていうギタリスト、聴いてみて下さい。」と言われた。

す、すてぃーびー、れいぼーん???

うーん、知らねぇ。

店員さんが続ける。

「もし買うなら、彼のファースト、『Texas Flood』ってのを買ってみると良いですよ」

てきさすふらっど...すてぃーびーれいぼーん...すてぃーびーれいぼーん...てきさすふらっど...

私は忘れない様に何度も呟き、言われた通りにTexas Floodを購入して帰宅した。

CDを再生する前に、店員さんの言葉を思い出す。

「オススメは6曲目かな?多分、まさやんさんって、ブルースを知らないですよね?ストラトを持つならブルースやらないと。大人しい音楽とか、そういう偏見あるでしょう。聴いてみると良いですよ。」

む...そうなのか。ストラトキャスターと言えば、ブルースなのか。そんな事も知らずに買ってしまった。確かに、ジミヘンもレイ・ヴォーンもストラトで弾いてるもんな...。彼らはブルース・ギタリストって事なんだね...。

でもブルースって、ジャズみたいに大人しいイメージあるけどな...。ジャズもすごい事やってんのは分かるんだけど、ハートに響かない。そりゃあ指は忙しそうだし、宇宙の様に広い音楽!ってイメージはあるよ。でも、音がね...。あんまり好きじゃない。どこまで行っても、私的にはやっぱり大人しいイメージがあった。

ブルース、か...。

...いよいよ再生ボタンを押す。1曲目から聴こうと思ったが、店員さんが「オススメ」としてきた6曲目...「Rude Mood」を再生した。ルード・ムード...。「無作法、無礼なムード」...。やっぱ大人っぽい曲なんだろうか。

...な、何だ、このスピード!?

しかも、ほとんど歪ませてないじゃないか。これ、エフェクターなんて使ってないだろう。アンプ直結じゃないのか?BPM200!?しかもリズムがハネてるぞ......なのに、どうしてこんなに正確に弾けるんだ!?

少なくとも...私が知っているジャパニーズ・バンドの奴らよりも、遥かに凄い事をしている!

...ここから、私のブルースに対するイメージが大きく変わった。

すぐに彼のスコアブックを購入し、明けても暮れても練習した。もちろん、彼の様には弾けない。だが、とにかくギターの練習が面白くて仕方がなかった。

彼のライブビデオもほぼ全て見たし、CDも聴き漁った。私はレイ・ヴォーンに...彼の超激しい情熱的なブルースにドハマリしたのだ。

すっかり禿げ上がった頭。ジミヘンの真似して、弦を歯で弾きまくったおかげで、前歯はボロボロ。しかし、それら全てをひっくるめて超・ファンになってしまった。

普段、いかにもジャズとか聴いてそうな観客が集まる中で、彼のパフォーマンスは「んなモン関係ねぇ」と言わんばかりの激しさだった。すげぇ!

それから私は、アドリブで展開されるブルースのソロに魅了され、コピーを辞め、ようやくスケールの勉強をし出す。

とは言え、そこまで難しい物は身に付けなかった。私のプレイスタイルは、あくまでもブルース・スケールと呼ばれる「マイナーペンタトニック・スケール」を主体としたもの。

少ない和音で構成されるスケールだからこそ、弾き手によって無限の可能性を引き出せる...全ての音楽の基礎にして必須のスケールだ。

どんなに凄いミュージシャンも、このスケールから逃れる事は出来ない。つまり、どんなロック・ミュージックも根底にはブルースがある。ブルースこそが、音楽の真髄だ。ブルースを知らない人は、音楽を知らない。スティーヴィー・レイ・ヴォーンはそれを私に教えてくれた。

そして、その歌詞は大半がネガティヴに満ちていた。歌詞だけではない。当然、選ばれる音も...。

そんな彼ですら、やはりジミヘンに大きく影響を受けていた。ジミヘンの曲もたくさんカヴァーしているし、右利きだったものの、ジミヘンのフィーリングを得る為にアームバーの位置を同じ所に来る様、わざわざ改造して演奏していた。

そうか...レイ・ヴォーンもジミヘンを崇拝しているのか...。

しばらくレイ・ヴォーンばかり聴いてて、そろそろ他の領域を知りたいと思っていたところ。そのレイ・ヴォーンが好きで好きで仕方なかったジミヘンを、今こそ聴いてみようと思った。

その頃、私は既に大金をギター関連に突っ込んでいた。下手ながらあらゆるエフェクターを試したし、アンプも弦も様々なものを試した。

...だからこそ、ハッキリと分かった。

こいつ...バケモンだ!!!!

何が凄いって?逆に、何から言えば良いんだ?

超絶的なテクニック?ははは!そんなもの、彼の数多ある特徴の一つに過ぎない。むしろそれらにくらべりゃ、テクなんざどうでもいい。

「パーフェクトなギタリストとは?」

その問いの答えは簡単だ。

「ジミ・ヘンドリックスの様なギタリスト」。

現代のギタリストやその他のアーティストなんぞ、所詮ジミヘンを追随しているだけに過ぎない。彼に、どのくらい近づけるか。それをやっているだけだ(遠ざかってるけど)。

そう言ってしまえるほど、彼はギタリストとして...そしてアーティストとして「やるべきこと」を全てやっていた。

彼のプレイは、「ギターヒーローになろう」と思う人たちを諦めさせるには、十分過ぎた。

実際、超絶テクで有名なジャズギタリスト、アル・ディ・メオラも、ジミヘンドリックスのステージを見てロックスターになる事を諦め、ジャズに転向した経歴を持つ。

全ての音程にチャレンジするかのような、いわゆる「ヘタウマ」で「ソウルフル」なトーキング・ボーカルと完璧なタイミングで入ってくるシャウト。しかもそれらが複雑な演奏と「同時に」...脳が二つあるかの様に展開される。未だに再現されていない、今までもこれからも唯一無二の破壊的サウンド。誰も真似できない狂気的かつ呪術的なパフォーマンス。ブルースの聖人たちのセンスを遥かに凌駕する、ペンタトニック・スケールベースのソロプレイ。ブルースに加え、まるで詩人の様なロマンを思わせる歌詞センス、そして作曲センス。左利きという、持って生まれた特別な才能。恐ろしいまでにファンキーで完璧なリズム感。ワウペダルを始めとした、ありとあらゆるエフェクターを使いこなす技術と、それらをどんどん取り入れる前衛的な姿勢。フィードバック奏法などの、誰も為し得なかった革命的な「発明」...。

知らない人は信じられないかもしれないが、彼はライブで演奏する際、下手するとイントロから全て、変えた。場合によっては歌詞すら...。

故に、例えば同じ曲がライブバージョンで10テイク、20テイクあったとしても、全てに聴く価値があった。

ソロはまぁ、ブルースやジャズはほぼ毎回アドリブで展開するので、そこまで珍しい事じゃないでしょう。

だが、彼の場合は曲の展開そのものがまるで違った。一度たりとて、同じことをしない。彼にとって恐らく、ミスも含めて毎回の演奏全てが「実験」だったのだ。完璧など、存在しない。故の完璧。ミュージック・オブ・ミュージック。

「これはロックだね」と思わせる曲も、実際にライブで聞くとジャズだったり、時にケルト調だったり、ゲームミュージックの様な雰囲気だったりする。さらにそこに、インドを思わせるオリエンタルな雰囲気が加わる。それらが見事に、そして奇妙なまでにブルースと融合していた。

彼を「すごい」と思えた最も大きなきっかけは...何よりもやっぱり、その「音」だ。

だからこそ、ギターを少しかじらないと、分からないのかもしれない。先述したが、まだこの音で弾けるギタリストはこの世に存在しない。まだというか、多分これからも...。

これも、音楽にそこまで詳しくない人は、あまり信じられない事実かもしれん。私も「そんなバカな。さすがに美化しすぎでは?」と思っていた。

「エレキなんて、結局は機材で音が決まるんでしょ?なら、同じ機材を使えば同じ音になるんじゃないの?」って思うでしょう。

彼はマーシャル・アンプを独自に改造していた。そして、エフェクター製作者として有名なロジャー・メイヤーに直接、「エフェクターを改造して、ジェット機みたいな音を出したいんだ」と相談していた。

その詳細は、未だに明らかになっていない。再現不能。

誰もが為し得なかった唯一無二の破壊的サウンド、ボーカルセンス、パフォーマンス、テクニック、ビジュアル、...そこに果てなき「探究心」が加わった。

何より一番凄まじい事実は...数え切れない程の名曲、ライブでの伝説、現代音楽の礎を「ギター・ゴッド」としてこの世に遺して逝った事。そして、それをたった約五年間のプロ活動期間で為し得た事だ。

私はジミ・ヘンドリックスの音楽の本質に気付いてから、5、6年は彼の音楽しか聴いていなかった。というか、それ以外聴けなかった。

そして私はさらに遡ってブルースを聴いた。ジミヘンが崇拝していた「ブルースの聖人」たち。

ハウリン・ウルフやマディー・ウォータース、ジョン・リー・フッカーといった「神々」。

特に私は、ジミヘン同様、ジョン・リー・フッカーにもドハマリした。

昔のブルースの聖人たちの音楽は、確かに今聴くと物足りなく、それこそ「ジャズの様に大人しい」といったイメージがあるかもしれない。

だが、私の中でジョン・リーの音楽だけは違った。

ハッキリ言って、この時代のブルースは、聴いただけだと誰の曲なのかあまり分からない。ペンタトニック・スケールで使う音数自体が少ないので、どうしても似たり寄ったりになりがちなのだ。

でも、その中でもジョン・リーのブルースは異彩を放っていた。

ジミヘン以上に、下手すりゃとっぱじめから全てアドリブ。アコギやフルアコ一本だけで、無限の可能性を感じさせた。

「小節?なんだそりゃ」といった感じ。ミスも気にしない。これぞミュージック!!

ジョン・リーの曲だけは、古着屋で流れてもすぐに「あ、ジョン・リー・フッカーだ」と分かった。私が思うに、これが「凄いアーティストかどうか」の分かれ目だと思うんだよね。ジミヘンもレイ・ヴォーンも、歌わなくてもギターサウンドを聴けば彼らのプレイだと分かる。これだよ、これ。

...彼らが演奏する「ブルース」。

直訳するともちろん、「鬱」だ。

憂鬱を歌う。なぜ、ポジティブな曲よりも、遥かに心に響くのだろう。

現代の音楽を見てくれ。

特にEDMと、それ系の音楽たち。これ、誰か本気で聴いてるのか?聴いてる人にすまないが、まさか「良い」と思って聴いているのか?...この世の「バグ化」は加速している。

私はブルースを聴き始めた21、2歳頃から、既に現代音楽には疑問を持っていた。ポジティブや「愛」ばかり歌う、現代音楽の意味の無さ、そして白々しさ。ヘドが出る思いで見ていた。

私の時代で言えば、そうだな......確か周りはイナゴライダー、オレンジレンジなどを聴いていた。私はクソだと思っていたので(好きな人すまん)、バンドも組まずに一人で部屋で練習していた。それだけで十分、幸せだった。

ブルースは黒人音楽だ。リンチ(私刑)に遭って殺される黒人たちを、手を繋いだ白人親子が指差してゲラゲラ笑う。そんな中で生まれた。

この世には価値が無い。儚い。その事実を淡々と述べるミュージック。

私は当時から、これこそが真理だとどこかで感じていたのかもしれない。

もちろん、ブルースは全く売れない。少なくとも、ジャズ以上に大衆向けではないと思う(大衆化されたニセ・ブルースも沢山あるけど。エリック・クラプトンなんて特にそう)。

だが、こういう音楽にこそ...真理が隠されているものさ。私の研究だって、そうだったじゃないか。

ジミ・ヘンドリックスは、一般のチューニング...いわゆる「レギュラーチューニング」より半音下げて弾いた。

私も常に、半音下げて弾いていた。周りからは「ズレてるよ」とよく言われたが、レギュラーチューニングよりも遥かに心に響いた。彼はきっと、周波数レベルで全てを理解していたに違いない。

22歳から活動し、27歳で度重なるツアーによる過労で死んだ...とあるが、まぁ例によって諸説ある。

カネを貰って消えた線もあるだろうし、陰謀論通り捉えると、殺された可能性だってあるだろう。そもそも、軍隊の入隊経験があった彼は、そんなモンで倒れる様な体じゃなかったと思うけどね。まだ若かったわけだし。

とは言え、当然ドラッグもやってたから、今となっては分からないけどさ。

そして今、改めてジミ・ヘンドリクス、そしてブルースという音楽を振り返って思う事としては...。

「なぜ、こんなにも完璧なギタリストが存在し、世に出て来たのか」。

いくらドラッグでブーストしてたとはいえ...知れば知るほど、人間じゃないんだもの。「偶然」という言葉では片付けられないのさ。私から言わせれば、その存在そのものが、凄過ぎて不自然なのだ。人為的な匂いすら感じる。

やはり、この世は夢舞台...。最初から「設定」があり、それに沿って動いているだけ。

今の私にとって、ジミヘンの存在はそれを確信させる大きな要因となっている。

それほどまでに、彼は不可能と思えるあらゆる事を可能にした人物だった。

その存在そのものが奇跡であり、ジョークでもあった。

激しいものが多い彼の曲の中でも、私は「Castles Made Of Sand(砂で出来た城)」が好きだ。比較的大人しい曲調で、アコースティックで弾いてもかっこいい。

とあるカップルの破局、インディアンの首長になる筈だった青年の夜襲による死のエピソード、そして生まれつき身体が不自由で自殺を考えていた車椅子の少女の、報われない最期を語る。「こうして結局、砂の城は海に消えていくだけなのさ...」。

完璧なまでの絶望。凄まじい厭世感。

こんな曲はもう二度と、この世に出てこないだろう。

以上、ブルースに人生を狂わされた、ジミヘン大好きな変人の記事でした。

...ん?あぁ、ギターはもう、やってないよ。何年か前に、何百万もかけた機材もろとも、ぜーんぶ売っ払っちゃった。私は、音楽を捨てたのさ。

はは、「ケンヂ」って名前にした割に、大した事無かったね(笑)。

「次回」は...もう少し、頑張ってみても良いかな。

もし私の研究に興味を持って頂けたなら、是非ともサポートをして頂けると嬉しいです。サポート分は当然、全て研究費用に回させて頂きます。必ず真理へと辿り着いて見せますので、どうか何卒、宜しくお願い致します。