ドラマ『保健教師 アン・ウニョン』が描く、痛みを知るからこそ人に優しくできる大人
『保健教師 アン・ウニョン』は、韓国の作家チョン・セランによる小説『保健室のアン・ウニョン先生』を原作としたドラマ。アン・ウニョン役には映画『82年生まれ、キム・ジヨン』でも主演を務めたチョン・ユミ、ウニョンと共に行動する同僚教師ホン・インピョ役にはナム・ジュヒョクが迎えられている。
物語は、赴任中の学校で起こる不可思議な現象を、ウニョンとインピョが解決していくというもの。
ウニョンは幼い頃から得体の知れないゼリーや幽霊が見える体質で、人に危害を加えるゼリーに遭遇すると、BB弾の銃と光るおもちゃの剣を用いて戦う。
戦う姿はお世辞にもスマートとは言えず、さらにゼリー退治をめんどくさがる様子もたびたび見られるなど、かっこよくて勇敢なヒーロー像を求める人たちは拍子抜けするであろう女性だ。
ウニョンにとって相棒的存在のインピョは、ゼリーを寄せつけない体質の持ち主。学校の地下室にある物のせいで、不可解な現象が起きていると知り、ウニョンと問題解決のために動きだす。
インピョは足が不自由で、満足に走ることができない。そのため周囲に壁を作りがちだったが、ウニョンを何度も手助けするうちに、心が少しずつオープンになっていく。それでも、ウニョンとのやりとりはどこかちぐはぐで、ズレがある。
そうしたウニョンとインピョのちぐはぐ感に、筆者はドラマの魅力を見た。漫才のように息が合っているわけじゃないのに、ときたま絶妙なコンビネーションを披露し、視聴者を笑わしてくれる。
2人の掛けあいで笑えるのは、チョン・ユミとナム・ジュヒョクがいてこそだ。ウニョンが抱える複雑な感情の機微を表現しきった前者と、徐々に内面が変化するインピョの様を上手く見せてくれた後者。共に高い演技力を遺憾なく発揮している。
映像もおもしろい。カラフルで彩度が高いゼリーたちで埋めつくされ、ほのかにサイケデリックな雰囲気も漂うシーンの数々を観ていると、ジェームス・リジィといったポップ・アートの作品を連想してしまう。ドラマでありながら、素晴らしい絵画を連続して観るような気分になる。この稀有な視聴体験はながなが巡りあえるものではない。
『保健教師 アン・ウニョン』の魅力は実に多い。そのうえで筆者がもうひとつ特筆したいのは、社会からはじかれた者たちを繋ぐ物語である、ということだ。
ドラマの登場人物に、ヘミン(ソン・ヒジュン)と呼ばれる少女がいる。実は彼女、人間ではない。ウニョンが住む世界に異変が起きると現れ、異変に伴い出現する大量のダニを食べる使命を持っている。劇中でも本人が言うように、厳密には性別がなく、ウニョンの時代にはたまたま女性の体で召喚されただけだ。
ヘミンのエピソードで特に印象深いのは、第4話における保健室のシーン。事情を把握したウニョンがヘミンに、〈女になってどう?〉と問いかける。それにヘミンは次のような言葉を返す。
〈生理痛を除けば大体いいです。でも夜道を1人で歩くのは怖いです〉
このセリフは、女性の体を持つというだけで受ける抑圧を滲ませる。韓国といえば、2016年5月に起きた江南駅女性殺害事件をきっかけに、性差別や性暴力に抵抗する運動が急速に広がっている。そうした現地の世情もちらつく描写は、ドラマに深みをあたえるだけでなく、視聴者に問題提起も試みる。
ヘミンを筆頭に、ウニョンの周りには社会と上手く付きあえなかったり、生きるうえで葛藤を抱えている者が多い。ウニョンの仕事場である保健室には多くの生徒が訪れ、さまざまな悩みを打ちあける。
悩みを聞くと、基本的にウニョンはどうにかしようと動く。めんどくさがりで孤独なところもあるが、根はとても優しい女性だ。
この優しさはおそらく、ウニョンも自分にしか見えない世界のせいで悩んだり、苦しんできた過去を持っているから育まれた。苦しみを知るからこそ、ウニョンは見返りも求めず、子供たちのために動きまわる。
そんなウニョンの姿を見て、こういう大人で世界が満たされてほしいという、制作側のささやかで切実な祈りを感じた。
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