Lava La Rue「Butter-Fly」は世界の新たな声として響きわたる
NiNE8というロンドンの集団を知ったのは、いまから3年ほど前だ。知るきっかけはサウス・ロンドンを拠点とするプーマ・ブルーだった。NiNE8を設立したラヴァ・ラ・ルーのMVに、彼がコメントをしていたのだ(2人はライヴで共演もしている)。
お気に入りのアーティストが興味を示すのだから、おもしろい集団に違いない。そう確信し、すぐさまNiNE8について調べた。
情報を漁ると、多くのことがわかった。アーティストだけでなく、写真家やデザイナーなどさまざまな表現者が所属していること。音楽は表現方法のひとつであり、映像やファッションといった他の手法も駆使するマルチな感性が持ち味だということ。これらの特徴を知り、筆者の好奇心と興味はさらに掻きたてられた。
NiNE8に対する好奇心と興味は、いまもまったく衰えていない。むしろどんどん増すばかりだ。音楽面に限っても、ビーグ・ピーグの台頭をサポートするなど、良質なアーティストを見いだす審美眼は心の底から楽しめる。
2021年2月、NiNE8を牽引するラヴァ・ラ・ルーの最新EP「Butter-Fly」がリリースされた。本作はNiNE8の表現と同じく、生活とその背景に社会を映している。
それが特に明確なのは、カーマ・キッドを迎えた“Lift You Up”だ。この曲でラヴァ・ラ・ルーは抑圧的な社会に牙を向ける。〈Misogyny couldn't keep me down(女性嫌悪は私を抑えつけられなかった)〉と紡いで女性蔑視を批判し、〈Riches to rags couldn't keep me down(金持ちから無一文になっても私は落ちこまなかった)〉というフレーズでは過剰な資本主義への抵抗を滲ませる。現代社会に生きるうえで感じる理不尽や不公平への憤りを隠さない眼差しは力強い。同時に、一部の権力者を除く99%の市井の人々に寄りそう優しさもある。そうした複雑な情感が際立つ“Lift You Up”は、本作のなかで最もお気に入りの曲だ。
“Magpie”も素晴らしい。自分を解放してくれたロンドンへの愛情で溢れる言葉は、これまで築いてきたコミュニティーと関わってきた人々への敬意が光る。クィアとしての視点もあるからか、他の曲以上に個人的な想いが鮮明だ。
ラヴァ・ラ・ルーの歌詞を聴いていると、直接的な言葉やスラングが多く耳に入ってくる。詩的な表現もなくはないが、どちらかと言えば無骨な印象を抱かせる言いまわしが目立つ。
それは筆者からすると、グライムといったイギリスのストリートから生まれた音楽の影響を見いだせるものだ。たとえば、同じくストリートの匂いを漂わせる言葉でも、オードリー・ロードやシルヴィア・プラスといった詩人の影響が濃いアーロ・パークスとは違う魅力を持っている。
そういう意味でラヴァ・ラ・ルーは、ジョルジャ・スミスに近い言葉選びのセンスを持つアーティストとも言えるだろう。ジョルジャ・スミスも、グライムやUKガラージなどイギリスのストリートで生まれた音楽を好み、直接的な言葉が多いアーティストだ。
一方で、本作のサウンドはそこまでイギリス色が強くない。たおやかで甘美な音像はフランク・オーシャンに通じるもので、トリッピーと言っても差しつかえないサイケデリックなフィーリングはテーム・インパラ『The Slow Rush』(2020)を連想させる。ヒップホップやR&Bを軸にしつつ、低音が前面に出ることも少なくないプロダクションはベース・ミュージックの文脈も感じられ、ライドシンバルを多用する“Lift You Up”のビートはジャズの香りを醸すなど、かなり折衷的な音楽性だ。
折衷性はラヴァ・ラ・ルーのヴォーカルにも見られる。速射砲のようにラップしたかと思えば、次の瞬間には艶やかな歌を披露したりと、ラップと歌が分かれていない。このスタイルをふまえると、たまに見かけるラッパーという紹介には違和感を覚えてしまう。何かしらの単一タグで括れるほど、ラヴァ・ラ・ルーの表現は単純じゃない。
「Butter-Fly」はイギリスのみならず、世界の新たな声として響きわたる必聴作だ。
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