Arlo Parks『Collapsed In Sunbeams』が歌う哀しみは、寄り添う優しさで溢れている


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 アーロ・パークスは、ロンドン出身のシンガーソングライター。2000年8月9日に生まれ、ナイジェリア、チャド、フランスの血を引く多国籍な背景を持つ女性だ。
 幼いころから小説や詩を制作するなど、現在に至るまでパークスは言葉の世界で生きつづけている。シルヴィア・プラス、オードリー・ロード、ナイラ・ワヒードといった詩人の詩を読んできた感性は、さまざまなスタイルや視点に影響を受けた表現者であるとうかがわせる。

 筆者がパークスの音楽に初めて触れたのは、2018年12月のこと。YouTubeにアップされた“Cola”のMVを観たのだ。反復するビートとリズミカルなベース・ラインはヒップホップの成分を強調しつつ、甘美かつ艶やかなパークスの歌声はどこかジョニ・ミッチェルを思わせる。歌メロと譜割りも耳馴染みが良く、繰りかえし聴きたくなる高い中毒性も光っていた。
 固有名詞が目立つ歌詞は、パークスの個人的背景をちらつかせる内容だ。特にマイ・ケミカル・ロマンスのジェラルド・ウェイを引用した一節は、エモを愛聴していたパークスの背景が顕著だと思う(ちなみにマイ・ケミカル・ロマンスは、エモに括られるのを嫌がっている)。

“Cola”の発表以降、多くのメディアがパークスを次のスター候補として祭りあげた。しかし、そうした喧騒をよそに、パークスはマイペースかつ着実にキャリアを重ねている。2019年にリリースされた2枚のEP「Super Sad Generation」と「Sophie」はいずれも良作で、2020年に入ってからのシングル群も表現力に磨きをかけた音と言葉でいっぱいだった。
 なかでも「Sophie」に収録された“Angel's Song”は、いまも暇があれば聴くほど大好きだ。アコースティック・ギターの音色が軸のシンプルなフォーク・ソングで、悲哀と愛が入りまじるパークスの歌声が素晴らしい。
 歌詞はパークスが気にかけている人を取りまくものについてだという。内容から察するに、その人の周りは健全ではなさそうだ。ゆえに〈You wanna jump off the roof But I love you(あなたは屋根から飛び降りたがってる でも私はあなたを愛してる)〉といったフレーズも、物悲しさと愛情が行きかう複雑な情感を醸している。

 “Angel's Song”の〈あなた〉に対する寄りそいを聴いて、筆者はある名曲を連想せずにはいられなかった。デヴィッド・ボウイの“Rock' N' Roll Suicide”(1973)である。相手に〈You're not alone(お前はひとりじゃない)〉と叫ぶ“Rock' N' Roll Suicide”に通じる眼差しを、“Angel's Song”にも見いだしたからだ。2曲の曲調はまったく異なり、パークスもボウイのように絶叫しない。しかし、孤立した誰かの手を離さないという想いは共通点と言える。“Angel's Song”は、道に迷い望まぬ形で孤独を強いられた者たちの支えになれる輝きが眩しい。

 その輝きは、待望のデビュー・アルバム『Collapsed In Sunbeams』でも健在どころか、さらに増している。豊富な語彙と比喩の上手さが冴えわたり、じっくり味わいたい言葉でいっぱいだ。
 とりわけ“Hope”は出色の出来と言える。パークスの友人について歌われたこの曲は、〈You're not alone like you think you are(あなたが思っているほど あなたは孤独じゃない)〉という一節など、“Angel's Song”よりも明確に寄りそいの気持ちが表れている。同時に自らの気持ちに対する自信も感じられ、表現者としてさらに成長したのだなとわかる名曲だ。

 成長の跡はアルバムの至るところにある。恋愛や孤独といったこれまで何度も取りあげたテーマであっても、よりはっきりと自らの心や登場人物の心情が描かれており、従来と比べてオープンなパークスの姿が目立つ。作品を積みかさねるなかで、良い反響を多く受けたことがこうした姿勢に繋がったのかもしれない。

 サウンドも聴きごたえがある。パークスの歌声は多彩さと滋味が増し、音楽性の折衷度は深化している。リズミカルなベース・ラインとブレイクビーツが映える“Hurt”、ライドシンバルを多用するドラムがもろにジャズな“Hope”など、ひとつひとつの曲や音にさまざまな要素が滲む。R&B、ヒップホップ、フォーク、ジャズ、ファンク、ロックといったものが綿密に撹拌されたスタイルは、ジャンルという人工的に作られた壁を軽々と飛び越えている。アレンジの引きだしも多く、今後の作品に向けた偉大な伸び代を予感させる。

 『Collapsed In Sunbeams』は、これまでの作品と同様たくさんの固有名詞が出てくる。シルヴィア・プラスからペッカム・ライ(ロンドンにある公園)まで、パークスの背景と結びつくキーワードが際立つ。他にも“Green Eyes”ではバイセクシュアルとしての視点が示され、全体的にとてもパーソナルと言える内容だ。
 それでも、このアルバムは住む国やセクシュアリティーが違う筆者の心に深く突き刺さった。哀しみ、喜び、愛情、あるいは名前がまだない情感まで、パークスの歌には多くの人たちが共鳴できる多面性と想いが宿っている。その魅力にとって、国境や言語の壁はないに等しい。



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