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自分の美術のルーツ:「支持体を汚す」ことへ

このところ、自分の美術のルーツを分析している。「解剖」しているような気分である。画集をあれこれ見ながら、昔やっていた技法を思い出してエスキスを描いてみて、自分は何をしていたのかを今の目で洗い直そうとしている。

それでちょっとツイートを始めたら、意外にもそれが同性愛とは何かという問題につながっていった。それをまとめておきたいのだが、ツイートを元にして書き始めたら美術の話だけで膨らんでしまったので、同性愛については、最後に少しだけ書くが、機会を改めて詳しく論じたい。

以下、高校時代(1994年〜96年)に、自分なりの「現代美術」が一応成立したと思っているのだが、それに至るまでのプロセスを考察する。

自分にとって、高校1年のときの栃木県立美術館の「メメントモリ展」は本当に大きかった。それは「死」をテーマにするもので、江戸時代の解剖図や西洋の銅版画などから始まって現代美術に至る展覧会で、そこで僕は、おそらく本格的に現代美術というものの衝撃を受けた。草間彌生や村岡三郎の作品があったのを覚えている。当時の資料を見ると、ヨーゼフ・ボイスやアンゼルム・キーファーもあったようだ。僕の造形的な勘にはドイツのそのあたりの影響があるが、たぶん「メメントモリ展」で初めて見たのだろう。ジョゼフ・コーネルの箱の作品もあった。その後、影響を受けて、僕は箱形のオブジェを作ることになる。

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