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父の帰宅 14

マサは実家の自分の部屋に彼女を連れて帰った。帰ってから彼女の混乱はさらにひどくなっていった。ヒサコさんとユウカさんは普段は同じ部屋で生活をしていた。そのために深夜ユウカさんが不倫相手に打つメールの音や着信音が深刻なストレスになっていたのだ。

着信音を聞くたびに勝手に身体が反応して起きてしまう。そのためにヒサコさんは携帯に異常に執着と嫌悪感を抱いていた。マサは携帯を取り上げてもどこに隠したのかわめきながら詰問してきた。

「こんなのもがあるからいけないのよ、こんなもののために私は狂ってるの。こんなもののために私は狂ってるの。でもこれがないと生きていけないの」ヒサコさんは同じ言葉を何度も繰り返しながら身体を震わせて泣いた。

「あの子は分からないのよ、私の誕生日に私をわざと苦しませようとしているのよ」

そのときマサの携帯にユウカさんから電話が入った。ヒサコさんの泣き叫ぶ声はマサの母親の部屋まで聞こえてきたので母親は何事かと思って部屋にきた。マサはヒサコさんのケアを頼むといって今度はユウカさんのケアのためにリビングに降りた。

「ヒサちゃんどう? ちょっと最近あの子おかしいのよ。理由聞いたでしょ、マサ君私のこと軽蔑するでしょ?」ユウカさんも泣いている。

「しないよ、ユウちゃんは僕が一番苦しいとき助けてくれたしね。大丈夫だよ、ものごとはちゃんと好転するから。死にかけた僕が回復したの見てるでしょ。ヒサちゃんのことは僕に任せておいて、落ち着けるから、心配しないで」

「うん、分かった、ありがとう。ヒサちゃん頼むね、今マサ君しか頼りにできなから」

マサはこのときすでにパニック発作を起こしかけていた。ズボンの左ポケットには常に発作用の薬を携帯しているのでソラナック一錠とデパス二錠を飲んだ。それから二階の自分の部屋に上がってまたヒサコさんのケアを始めた。

「ヒサちゃんがきついのは分かる。ヒサちゃんは正しいよ。不倫は何も生まない。でも絶対に解決策はあるから、どうしようもないって思い込まないで。ユウちゃんもいつか気がつくから。大丈夫、少なくとも僕が今傍にいるでしょ」

「あんたは他人じゃない、あんたは他人じゃない、あんたは他人じゃない、勝手なこといわないでよ、どうせどっかいっちゃうんでしょ、あんたは他人じゃない」ヒサコさんは延々とマサにあんたは他人だといい続けた。

「僕は傍にいるから」マサはそういい続けた。そしてものごとは好転するからと。

「ユウちゃんが死んじゃう、ユウちゃんが死んじゃう、ユウちゃんが死んじゃう」今度はユウカさんが死んでしまうと延々と繰り返した。マサはユウカさんとはちゃんと話したし落ち着いてくれたから安心して大丈夫だと伝えた。

そしてまず深呼吸をしなければならいことを伝えた。自ら不安定な方向に向けてはいけないと優しく伝えた。最終的にヒサコさんを落ち着けたのは騒ぎを聞きつけてマサの部屋にやってきていたマサの母親の言葉だった。

「お姉ちゃんの人生をヒサちゃんが生きることはできないのよ」

そのとおりだ。マサの母親は他人の感情や行動をコントロールすることは不可能なことだとちゃんと知っている。

ヒサコさんはやっと眠りについてくれた。今度はマサが絶対に眠るわけにはいかないと思って朝まで一睡もしなかった。

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