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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 01

おジィが変な鼻唄を口ずさみ始めた。息を鼻から抜きながら、独特の節回しで唄う。ジョーズが近づいて来るあの曲より、怖い。

「桂馬成りで、詰みじゃ」僕の玉は盤上できゅうきゅうになり、行き場を失ってまたしても短時間で詰まれてしまった。おジィはコントローラーをテレビの前に置いて、カウチに座り直し、茶をすすりながらいう。

「銀をさらっと捨てたのがわしの勝因じゃ。目先の駒にこだわって小さい将棋をしとるから、大局を見逃すんじゃ。次はいかに持ち駒を捨てるか、ちゅーことを考えて臨め」なんだか将棋のスパルタ教育を施されているようだけど、PCの将棋ソフトで、おジィと一局指しただけだ。家にいる時間が増えてから、おジィに手ほどきをしてもらっている。

ここ一ヶ月ほど学校へ行っていない。かーちゃんはカルチャースクールだ、婦人会の寄り合いだなんだと家にいることが少ない。登校拒否をしながら、昼間なかなか居間には出ていきにくいところだが、おジィと将棋を指すときはそういう躊躇が少なくなる。


中学三年生の夏が終わり新学期が始まってしばらくした位から、精神的に調子を崩した。親父が浮気をして、若い女のところに入り浸りになって家に帰ってこなくなった。かーちゃんは親父を男として、夫としての駄目さ加減を、僕に向けてひたすら語った。

親父の給料はいくらで、後輩のだれそれの給料は親父より多いとか、小学校での運動会で親父はリレーで三人に抜かれて、あんたも恥ずかしい思いをしたでしょうとか、本当にどうでもいいことを僕に語り続けた。

学校での僕はというと、三年生になってからほとんど勉強をしなくなってしまってからは、英語の関係代名詞や、数学のベクトルに関して、教師が何をいっているのかさっぱり分らなくなり、授業はとにかく苦痛だった。定期テストの順位は後ろから数えた方が断然早くなってしまった。

部活で野球をしていたが、夏の大会が終わった三年生は引退した。ずば抜けた素質がある選手ではなかった。脚が速いわけでも、強肩を持っているわけでもない。だからゴロを体に当てて、前に落とし、なんとか打者走者をアウトにする、セカンドをしていた。たまに試合に出るときは、打順は八番か九番。三年生で、背番号が十七番だった。

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