父の帰宅 18
ヒサコさんはマサにこういっている。
「家族みんな私が強いと思って、私になんでも相談してくるの。それで私はちゃんと考えて適切なアドバイスするのに、みんな相談するだけしておいて私のいうことを聞いてくれない。私はそれが許せない。私の思いどおりにならない家族が許せない。それでも私が家族みんなのことが大好きなことが問題なの」マサは答えた。
「それは問題じゃないよ、家族が好きなことは健全なことだと思うけど」
ヒサコさんもその優しさ故共依存に苦しんでいた。ヒサコさんの責任ではないことにヒサコさんも責任を取り続けてきた。そして次第にマサとヒサコさんの関係が逆転していく。これまではマサが依存の形態をとっていたが今度はヒサコさんがマサに依存するようになっていった。
ヒサコさんはとりあえず自分の問題を自覚するに至ったが、今度は頼りにしていた次女の裕美が感情を爆発させた。裕美は看護師をしていて一人暮らしをしているのだが、たまに実家に帰ってくる。
このときまだ裕美に父親が一時的にではあるが帰宅したことを母親は話していなかった。それを父方の祖母が裕美が帰宅したときに話した。自分だけこんな重要な問題を聞かされていなかったと裕美は逆上してヒステリーを起こした。
このときマサは自分の部屋で眠っていたがリビングで母親と裕美が罵り合いをしているのを聞いてすぐに理由は分かった。裕美は普段は温厚だが一度ヒステリーを起こすと手がつけられない。マサは放っておこうと思ったがこの喧嘩は当然祖母にも聞こえている。
また祖母が調子を崩しても困る。またというのは一人息子が突然帰宅してそして翌日消えてしまったといことで祖母はかなり参ってしまって、不眠で食事もあまり取れない状態だった。
高齢の祖母にこれ以上負担はかけたくなかったのでマサは祖母に手紙を書いて夜中にそっと部屋に置いてきた。祖母は息子に見た目が似ているマサに息子の面影を重ねていて、マサにだけはと大きな期待をしているのをマサは自覚していた。
マサは僕がいるから、僕は立派な社会人になるからという内容の手紙を祖母に書いている。そのおかげで祖母も持ち直した。なのにこんなヒステリーの応酬を祖母に聞かせ続けるわけには行かない、そう思ってマサは調子を崩すことを覚悟でリビングに降りた。
「もう喧嘩やめない、誰のせいでもないんだから。お母さんだって、伝えるの辛かったんだよ。僕が伝えなかったことに腹を立てるんだったら謝るから。ごめん」
「ふざんけんじゃないわよ、あんた本気で病気治す気あんの」
この状態になった裕美は感情をコントロールできない。マサは発作を起こしたので何もいわずに部屋に上がった。その後裕美はマサの部屋まで上がってきた。発作を起こしているのでその原因の張本人に同じ空間にいて欲しくなかった。
「ごめん、出て行ってくれ、発作起こしているから」
裕美は出て行かなかった。なんでそんな大事なことを私にいわないのよ。あんた一人で抱えることじゃないでしょ。裕美がいいたいことは分かる。でもヒステリーの状態でいわれても恐怖の対象でしかない。マサは父親の問題を家の中で話し合って片付けられないことを知っていた。
誰一人としてニュートラルな状態で父親について話すことができない。裕美に話せば確実に裕美も自分も動揺することが分かっていたから。マサはデパス三錠を飲み込んで発作を押さえ込んだ。そしてマサはこの後強烈なうつ状態が自分を襲うことを分かっていた。家族で唯一頼りにできる人間を失ったのだから。
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