本記事で使用した統計

筆者は長年にわたり給与を調査研究してきた。その経験に基づき、信頼できるものを選んで本記事で使用した。それは次のとおり。

◎ 国税庁の民間給与実態統計調査結果

これは年末調整の結果であり、いわゆるアンケート調査ではない。日本の給与を調査したデータとしてこれ以上信頼性の高いものはない。

◎ 厚労省の厚生年金保険・国民年金事業年報

これは社会保険料を徴収する際に得た給与が基になっている。これもアンケート調査ではないので信頼性が高い。

◎ 北見式賃金研究所の「ズバリ! 実在賃金」(商標登録済)

手前味噌になって恐縮だが、筆者は独自に給与を調査してきた。中小企業が従業員に払った給与明細を大量にかき集め、プロットグラフにすることで給与相場を明らかにするものだ。アンケート調査ではないので恣意が入らない。
東京・大阪・愛知など全国各地で、毎年数万人規模の調査を行ってきた。平成17年から毎年続けている。

逆に使用しなかった給与調査についても論評する。メディアではよくこれらのデータを基に記事を書いているが、調べれば調べるほど信頼性が低いことがわかるので、その問題点を指摘する。

✖ 総務省の家計調査

総務省の家計調査は、よく新聞で出てくる。例えば、こんな感じだ。
「2020年の1世帯当たり貯蓄現在高は1791万円で前年に比べ36万円、2.1%の増加となり、2年連続の増加となった」
記事を読むと日本がいかに豊かな国かと思ってしまうが、実際はそうではない。問題は調査のやり方だ。総務省のサイトには、こう記載されている。
「調査の範囲は全国の2人以上の世帯である。調査世帯は全国の市町村から168市町村を選定し、この市町村から2人以上の世帯8076世帯を無作為抽出法で選定している」
つまり、調査件数はたったこれだけである。日本国民の何%に該当するのか!
それから読者諸兄姉は家計調査の調査票をご覧になったことがあるか? ネットで調べれば出てくる。記入する欄がものすごく多くて、これを書けといわれたら拒否する人が少なくないと聞く。協力する人が少ないので、実際に書き込んでいる人は公務員が多いのではと噂されている。

✖ 人事院の職種別民間給与実態調査

人事院は、職種別民間給与実態調査を行っている。ちなみに2020年職種別民間給与実態調査を見てみると、こんなのが載っている。
「表7 職種別、年齢階層別平均支給額 52歳~56歳 電話交換手 2020年4月分平均支給額32万1405円」
筆者は嗤ってしまう。そもそも、この令和のご時世に電話交換手がどこにいるのか?
人事院の調査は、公務員の給与を引き上げる根拠を作るための身びいきなものであり信頼できない。人事院のサイトには「人事院は内閣から独立した中立した組織になります。そのため独立性が強く人事院だけに許された特権がいくつかあります。」と記されている。
それをいいことに、人事院はどこからも介入されずに業務ができる。しかしながら、その民間給与調査は詐欺同然のデタラメである。政治家がメスを入れていただきたい。
地方自治体にも人事委員会があって、そこが民間給与を調査しているが、同じく信頼度ゼロである。人事委員会は独立した組織になっているので首長であってもそこにメスを入れにくい。
 そのあたりは拙書『公務員の給与はなぜ民間より四割高いのか』(2008年・幻冬舎刊)で詳述している。古い本だが今でも参考になるはずだ。

✖ 東京都の中小企業の賃金・退職金事情

これは東京都労働相談情報センターが東京都内の中小企業の賃金を調査したものだが、全国的に活用されている。詳細なデータのごく一部を紹介しよう。
「中小企業の賃金・退職金事情(2019年版)」をみると「55歳~59歳 男性712万円、女性532万円(2019年の源泉徴収表の支払額)」となっている。
しかしながら、男性は700万円以上、女性は500万円以上という金額は、国税庁等の調査結果とも大きくかけ離れている。違和感があり過ぎる。
東京都の中小企業ならば筆者も独自に調査している。首都圏(東京・千葉・埼玉・神奈川)における正規従業員の年収は次のとおりだ(2020年版)。

50代の年収
管理職     708万円
一般男性従業員 501万円
一般女性従業員 371万円

調査対象企業が異なるわけだが、それにしても違い過ぎる。ちなみに筆者の給与調査のサンプルは、首都圏(一都三県)で251社、1万2553人である。
この東京都の調査は、第三者機関がチェックを入れるべきだと筆者は考える。

北見昌朗(きたみ まさお)
給与のコンサルタント業を行う北見式賃金研究所の所長。中小企業の給与明細を集めて、実態調査をする統計「ズバリ!実在賃金」という統計を2005年から毎年作っている。愛知県下最大手の社会保険労務士事務所の所長でもある。著書は『日本は80年周期で破滅する』(講談社)、『幹部に年収1千万円を払う会社になろう』(PHP研究所)など多数。また小説家でもあり、北路透という作家名で『小説やらまいか豊田佐吉傳』(到知出版)も著している。


目次

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序文 韓国にも負けて中進国になり果てるのか(動画あり)

第1部 筆者が独自に行っている給与調査から探る動向(動画あり)

第2部 ガタガタになった年収・追い打ちをかけた消費税と社会保険料(1997年→2020年)
 その1 給与動向を知るためのクイズ
 その2 おじいちゃんも、おばあちゃんも、奥さんも働きに出ざるをえない! 磯野家に例えた実情
 その3 平均年収は34万円もダウンした(1997年→2020年)
 その4 社会保険料と税金を控除した手取りは62万円もダウン(動画あり)
 その5 消費税率の引き上げで“実際に使えるオカネ”は75万円もダウン
 その6 物価上昇で“実質収入”は84万円もダウン

第3部 「社会保険料増」で稼ぎが飛んでしまった!(1997年→2020年)
 その1 家計を支えるため働きに出る人が急増(動画あり)
 その2 厚生年金の保険料は57%増で約6兆円増
 その3 健康保険の保険料は50%増で約3兆円増
 その4 介護保険が新設されて1兆円超の保険料負担が発生
 その5 雇用保険料は12%の減少
 その6 住民税は3兆円増
 その7 控除額(保険料・税金)は12兆円増
 その8 社会保険料の増加のせいで「手取り」は微増(動画あり)
 その9 消費税率の引き上げで「実際に使えるオカネ」は6兆円減

第4部 「二極化」ではなく山がズリ下がったように「低所得化」、日本株式会社は総崩れ
 その1 「800万円超」が減って「400万円以下」が激増(動画あり)
 その2 一番年収が下がったのは「大手の男性従業員」だった
 その3 「男性の年収」は大手も中小もガッタガタ
 その4 過去20年間を振り返ると大手企業の屍(しかばね)の山
 その5 成果主義の「年俸制」が「減俸制」になってしまった

第5部 東京一極集中が進んで地方が成り立たない(1999年→2020年)
 その1 「給与総額」は東京が全国から吸い込むように膨れ上がった(動画あり)
 その2 「勤労者数」は日本海側が減って過疎化が進んだ
 その3 「平均年収」は関西で大きく落ち込み
 その4 「北海道」は勤労者数が急増して給与総額が二桁増
 その5 「東北」は震災の影響もあって落ち込む
 その6 「関東信越」は平均年収が落ち込み不況風
 その7 「東京」は全国から吸引して一極集中へ
 その8 「東海」は自動車産業のおかげで順調
 その9 「北陸」はひどい落ち込み
 その10 「関西」はデフレの震源地へ
 その11 「中国」は勤労者数が増えたが年収減のせいで横ばい維持
 その12 「四国」は勤労者増のおかげで給与総額がわずかにプラス
 その13 「九州北部」は給与総額が微増にとどまる
 その14 「九州南部」は勤労者が急増して発展へ
 その15 「沖縄」は勤労者数が6割も増加

第6部 アベノミクスは“V字回復”を成し遂げた(2012年→2019年)
 その1 ドン底は2009年だった
 その2 平均年収はピーク時の61万円ダウンで家計は火の車に
 その3 日本は財政の危機だった(動画あり)
 その4 「手取り」の喪失はセブンイレブンの11年分の売り上げに匹敵
 その5 ドン底横ばいは2012年まで続いた
 その6 「給与総額」を8年間で2割以上増やしたアベノミクス(動画あり)

 その7 アベノミクスの「功」
 〇 正規雇用者の増加
 〇 働き方改革
 〇 最低賃金の引き上
 〇 縮まった男女格差

 その8 アベノミクスの「罪」
 ✖ 求人難
 ✖ 縮まらなかった企業規模間の格差(動画あり)
 ✖ 大手による独り占め現象
 ✖ 残業抑制の影響で年収ダウン
 ✖ 最低賃金の引き上げで障がい者の仕事が失われた
 ✖ 外国人労働者の導入

 その9 新型コロナの影響で年収ダウン(2019年→2020年)
 その10 「アベノミクスは給与引き上げに寄与した」と肯定するほかない
 その11 長期グラフ(1997年→2020年)が示す悪戦苦闘の歴史(動画あり)

第7部 「金」基準で分析すると実質年収は5分の1に(1997年→2020年)
 その1 オカネの価値は「金」で測るもの
 その2 「金」の価格の推移(動画あり)
 その3 「給与総額」で購入できる「金」の重量は4分の1に
 その4 「平均年収」で購入できる「金」の重量は5分の1に
 その5 悪性インフレで悩まされる日本人

第8部 肥え太る大手企業、細る給与(動画あり)

第9部 日本は「給与所得格差が世界一小さい国」である
 その1 日本のお金持ちは知れている 
 その2 高額所得者といっても手取りは大したことない(動画あり)
 その3 所得税の大半は高額所得者が払っている

第10部 やってもやらなくても同じ! 日本株式会社の悪平等
 その1 マルクスも感涙する?平等社会
 その2 「上がる初任給」の一方で「上がらない“上の人”の給与」
 その3 管理職の給与は新卒の1.7倍でしかなく、差も縮まる一方
 その4 部長はヒラの5割増の給与に過ぎない(動画あり)
 その5 社会保険料の引き上げは給与の高い人を狙い撃ちした(動画あり)
 その6 「ジョブ型制度」は新手の給与リストラ策になるのか?

第11部 懸念 自動車産業(トヨタ)がダメになったら日本は…

第12部 こんな“沈む日本”に誰がした
 コイツが犯人か? “中国陰謀”説(動画あり)
 コイツが犯人か? “米国陰謀”説
 コイツが犯人か? “教育投資の不足”説
 コイツが犯人か? “ゆとり教育”説
 コイツが犯人か? “スマップの名曲”説
 コイツが犯人か? “コンプラ最優先・内向きニッポン自滅”説
 コイツが犯人か? “内部統制”説
 コイツが犯人か? “イノベーションがなかったからだ”説
 コイツが犯人か? “大手による買い叩き”説
 コイツが犯人か? “製造業の衰退空洞化”説
 コイツが犯人か? “日本の大手企業がリストラしたからだ”説
 コイツが犯人か? “大手企業のOBが中国に教えに行ったからだ”説
 コイツが犯人か? “財務省悪玉”説
 コイツが犯人か? “消費税”説
 コイツが犯人か? “富裕層を狙い撃ちした税制”説
 コイツが犯人か? “厚生年金重荷”説
 コイツが犯人か? “パートの社会保険適用拡大”説
 コイツが犯人か? “働くと損する仕組み”の年金説
 コイツが犯人か? “膨れ上がる健康保険”説
 コイツが犯人か? “働き方改革”説
 コイツが犯人か? “役所が作る下らないルールのせいで生産性が低くなった”説
 コイツが犯人か? “政府と結託した人材会社悪玉”説

第13部 提言 子や孫の世代のためもっと働こう!
 その1 日本にいま必要なのは敗北宣言だ
 提言① 「教育」にもっと投資をするべし(動画あり)
 提言② 「働くな労働政策」を止めるべし
 提言➂ 「働いた者が報われる税制」にするべし
 提言④ 「配偶者控除」を廃止するべし
 提言⑤ 「70歳年金」にするべし
 提言⑥ 「厚生年金」を半減して、残り半分を確定拠出型年金にするべし
 提言⑦ 「日本年金機構」を廃止して民営化するべし
 提言⑧ 「国民年金」は消費税を財源にするべし
 提言⑨ 「健康保険」を民営化するべし
 提言⑩ 「最低賃金」から高齢者と障がい者を除外するべし

 その2 メディアへの要望。日本を元気にするような報道を

後書き あわせて読んでいただきたい拙書『日本は80年周期で破滅する』(動画あり)

Xデーの後の磯野家

本記事で使用した統計
 ◎国税庁の民間給与実態統計調査結果
 ◎厚労省の厚生年金保険・国民年金事業年報
 ◎北見式賃金研究所の「ズバリ! 実在賃金」(商標登録済)
 ✖総務省の家計調査
 ✖人事院の職種別民間給与実態調査
 ✖東京都の中小企業の賃金・退職金事情

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