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切手【エッセイ】六〇〇字

 朝カル「エッセイ講座」の5月のお題、「切手」。さて、あなたなら「切手」にまつわるどんな話を書きますか?

 中学に入って話さなくなり、キャッチボールが、父との数少ない語らいだった。小学3年から野球を教わっていた。硬式をやっていた腕前で、球は速く、手が痛くなるほど。会話といっても、難しいボールが捕れた時、「ヨシ、うまい」と、言ってくれるだけなのだ———。
 父は、祖母の長男贔屓に反抗し海軍の少年兵に志願。最期は、人間魚雷で死ぬ運命だったと、語っていた。北海道に帰還し、食糧庁の役人になり、母と見合い結婚。「正直」を信条とする、生真面目な男。「農家はすぐに、騙くらかそうとする」(米の検査で良い結果を出そうと)が口癖。体躯に反して小さい字を書くひとだった。が、酒が入ると変わった。海軍気質と生来の短気が相まって、弟と2人よく殴られた。祖母への反発なのか長男の私には、特に。母にも、子どもの前でも。そんな父を軽蔑し、反面教師にして生きてやると、母を困らせた。
 ところが、高校2年の年末、結核に罹り、半年の入院と自宅療養を余儀なくされ、留年。受験にも2度、失敗。札幌での浪人中、大江の発禁本の自主出版を企て、勉強に身が入らず、迷惑をかけっぱなし。だが、母の励ましもあり、3年遅れで、東京の大学に入学した。
 そんな無様な私ではあったが、学費だけでなく生活費も支援してくれた。が、振込んでくれていた母が、2年の後期に、急逝。その後は、父が現金書留で送ってくれた。「この漢字の意味を調べよ」の、小さな字で書かれた便箋と一緒に。そして毎月、切手が1枚、同封されていた。
 広辞苑に、1行だけの便り27枚目がはさまったところで、卒業を迎えた。

(おまけ)
郵便料金(定型)の変遷
昭和26年(1951):10円→昭和41年(1966):15円→昭和47年(1972):20円→昭和51年(1976):50円→昭和56年(1981):60円→平成元年(1989):62円→平成6年(1994):80円→平成26年(2014):82円→令和元年(2019):84円
※太字は、エッセイの時代の料金

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