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装幀Ⅱ【エッセイ】七〇〇字


 “装い”次第で、時には悲劇を生むことになる———。
 三十年前。広告制作の仲間であるスタイリストの女性の誘いで、郷ひろみのディナーショーに出かけることになる。貸衣装屋からチケットをもらった、らしい。ひたすらカジュアル派な私に不安になったのか、その店で衣装一式を借り込んできた。新郎が着るようなバリバリの正装。人生四十余年で、初。でも、「タキシードは慣れたものさ」と、発してしまった。
 当日、フランス料理のフルコース。仕事柄、代理店から接待されることが多く、むろん戸惑いはない。が、なぜか、食が進まない。「体調、悪いの?」と訊かれるが、悪くはない(じゃなく…)。
 着なれない上に、「カマーバンド」なる腹巻のような代物がきつく、目だけは動くが、手が動かない。仕方なく、ワインばかりを所望。ヒット曲が次々に披露されるも、耳に入らず、ただただ、汗が、汗がタラタラ流れる。
 ショーがやっと終り、解放。心配して、タクシーで送ってくれたのだが、車中で「腹巻」を外すと急に、腹が、空いてきた。自宅近くのラーメン屋に入ったのだが、そこで事件が起きる。
 うまい! うん、うまい! 一気に麺を啜り、汁まで飲む勢い。が、ワインばかり飲んで酔っていたのだろうか、どんぶりを傾ける角度を誤り、ものの見事に、腹からぶっ掛けてしまった…。
 スタイリングは完璧だった。だったが、腹囲の増量分を伝えていなかった。慣れない「腹巻」の装着を手助けしてもらった際も、腹を思いっきり引っ込めていた。衣装の弁償は保険で済んだが、見栄をはっていたことの代償は大きかった…。ただただ、「仲間には、内緒でね」と、お願いしたのだった。
 『言えないよ』が、ヒットした頃の話——。

(後記)
前回に続いての「装幀」。「エッセイ教室」の課題は、原稿用紙で一枚半。しかし、タイトルと氏名で二十文字の二行とられるので、正確には五六〇字。この原稿は、約七〇〇字。一四〇字を削ろうとしたが、難しい。そこで、六〇〇字まで許される朝カルの自由題で、なんとか文字数を抑え提出することにしました…。
(おまけ)
朝日よ、“そろそろ”かもな。


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