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沁みる味【エッセイ】八〇〇字

 30歳から17年勤めた会社の支部が大阪にあり、関西の数多(あまた)の美食に触れた。だが、関西の味との初対面は、28歳。上新庄に3か月だけ、住むことになったときだった。
 大学卒業後、草創期であったレストランチェーンを展開しようと群馬にいた。在学中のバイト先、早稲田にあったバーガー店のオーナーに、仲間2人とともに誘われる。が、2年で、頓挫。幸い、準備中に一緒した設計会社の社長に声をかけられた。ダイエーのハンバーガーとアイスクリームのチェーン店の設計・工事をしていて、本社は、大阪だった。
 入社後、初現場は阪急塚口のダイエーの新店舗。「ドムドム」の工事だった。7月、連日の暑い日。むろん、クーラーは、ない。突貫工事で、帰るのは終電近く。部屋に戻ると、玄関にバッグを落し、ジーパンを脱ぎ、Tシャツとパンツを洗濯機に放り込み、シャワー。ベッドに倒れ込む。朝は朝で、始発。前夜の逆の流れで、シャワーで目を覚まし、脱いだままの形のジーパンをはき、直行する、日々。
 ある日、途中の十三(じゅうそう)のホームで、うどんとかやくご飯を食べた。関西の美味に感動し、帰りも毎日食べることに。いまNHKでやっている「沁みる夜汽車」の、雰囲気だった。
 ブラックな7月が終わり、次は、ホワイトだった。奈良の桜井に開店する、アイスクリームの「サーティワン」。9時・5時で、車で通える。自分だけなので、一応、現場監督。
 店内の水が溜った床にコンクリートを流す職人に、「水の中でもコンクリートって固まるんですか?」と言うと、「当たり前やろが」となり、素人であることがバレた。以降、掃除や木舞・垂木を片付ける「監督」となる。
 そんなある日の昼休み、大神神社に出かけ、三輪素麺の爽やかな味に、出会ったのだった。
 その頃。群馬での準備中に知り合ったリクルート社の担当から、チェーン展開を手伝える人材を探していると、連絡があった。社長に平謝りのうえ、東京に舞い戻ったのだった。

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