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冗長性【ショートショート】六〇〇字

 推手島太( おすで・とうた)は、刑務官になって3年。緊張すると指が震える病があった。高校時代、それを揶揄され人を刺し、少年院の過去がある。が、世話になった法務教官に憧れ、いまの仕事を選び、最初の赴任先が、留置所だった。
 夜勤明けのときのこと。「今から呼ぶ者5名、待機所に集合せよ」という指示があった。通常は、8時に解散なのだが。先輩の、簾田(みのだ)さん、長内(ながうち)さん、三須田(みすだ)さん、小山内(おさない)さんの4人と、「まさか———」と、顔を見合わせた。
 すると、30分後に管理部長室に呼ばれ、「本日、園西(そのにし)を執行する。執行係を命ずる」と命が下った。みな下を向き、沈黙していた。
 粛々と儀式が執り行われ、そのときがきた。
 指揮官の押田(おしだ)が、言った。
 「園西、最後に言い残すことはないか」
 「ある! おーい、執行係! 全部のボタンがここにつながっているぞー。オレは、むかし矯正局長と会食したとき、聞いたんだ」
 叫び終わると、押田の「押せ!」の声。
 「プシューッ」「ドン」の音が、響いた。
 が、実際は、5人中4人が押すのを躊躇い、押したのは一人だけだった。推手島太( オシテ・シマッタ)だった。
 なのに、床が開いた。偶然押した1人のボタンだけが繋がっていたのか。20%の確率で。それとも、死刑囚がわめいたことが正しくて、全てのボタンが繋がっていたのか。
 正解は、冗長性、セーフティネット。つまり、確実に作動するようにシステムが仕組まれていて、全てが、繋がっていたのだった。

【登場人物】
推手島太(おすで・とうた→おして・しまた→押してしまった)
簾田(みのだ→みすた→ミスった)
長内(ながうち→おさない→押さない)
三須田(みすだ→ミスった)
小山内(おさない→押さない)
押田(おしだ)→押すんだ)
園西(そのにし→えんざい→冤罪)

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