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匂い【エッセイ】六〇〇字

 父は、海軍特別年少兵時代に受けたスパルタ教育のせいか、子どもだけでなく、母にも暴力を振っていた。そんな父を見て、中学のころから、「オヤジを反面教師として生きてやる」と、母に言うようになった。そんな父と私だが、5歳前後のころは、父にべったりの子であった。『北の国から』の舞台、富良野の麓郷にいた昭和30年ころの、話である。
 父と、2つ違いの弟との3人で富良野市街にある映画館に行った帰りのこと。麓郷へは駅前からバスに乗るのだが、なぜか弟と私の2人だけがバスの中にいたとき、急にバスが動き始めた。私は、大声で泣き出した。「お父ちゃんが乗っていないよーー。お父ちゃんがーーー」と。すると、ロータリーを一周しただけで、バスは停まり、まもなく父が乗ってきた。泣き続けていたのだが、「泣くなよ。馬鹿だなあ」と、頭を撫でてくれた。待機所に停まっていたバスに、子2人を乗せ、買い物していたのだった。弟はと言えば、キョトンとして、ちょこんと座っていたのだった。
 そのころ、私は、匂いフェチだったようだ。父が放屁をする都度、手招きされ、犬のように速足で這って行き、その部分に鼻を押し付けて、恍惚した表情で、こう言っていたらしい。「あ~~、いい匂いだなあ。クンクン」と。なんと可愛い子だろ、と我ながら思う。
 大人になって、納豆や、酒の友に、クサヤやブルーチーズ、鮒寿司が好物になったのは、その性癖が関係している、のかもしれない。

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