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集い【エッセイ】

 六年前の春。取引先のYさんと会社スタッフのHの女性二人と、四谷三丁目のいきつけの寿司屋のカウンターにいた。「桜通信の会」と銘打った食事会で、その十年前の三月、担当のYさんとのメールのやりとりから始まった年一回の会だった。メールはたわいない内容で、オフイス近くの新宿御苑の桜と、彼女がいるビルの隣にある花園神社の桜が何分咲きかを聞き合っただけ(一キロ少ししか離れていないのだから確認する必要もないのだけど)。花見をするわけでもなく、単に接待のきっかけ作りであったのと、Hをコピーライターとして取引先に派遣しており、Yさんにも可愛がってもらっていたことのお礼の意味も、あった。翌年の三月にも同じようなメールを交わしてから、年恒例になったのだった。
 Hは、父親の死がきっかけで(と勝手に推測していたのだけども)、そのころから太り始めたのだが、六年前のその会の年にはダイエット効果で元の体形に戻っていた。だけどリバウンドを心配した私は、ある本を彼女に読ませようともっていった。『炭水化物が人類を滅ぼす』という本で、体形維持を目的に完読し、炭水化物制限を試みていた。
 「Hさ、この本をプレゼントするから、リバウンドに気をつけろよ」と渡した。
 すると、Yさんが、「寿司屋にきて、炭水化物削除はないでしょう。Hさんさ、食べよ、食べよ。何からいくかなあ。大トロ! (だったか定かじゃないけど、いきなり値がはるネタだった、と思う)」「そうですね! 今日はお腹空いているから、たんまりと、いただきます! 」と宣った。結局、勘定はいつもよりも五割増しになったと、記憶している。
 五年前に会社を整理した後、会は、私の部屋にツマミを持込み、私の「実験料理」を食するポットラック・パーティに変わった。が、今年はコロナ禍で開催できていない。年一回の集いさえも、コロナは許してくれない。

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