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取り返し【エッセイ】六〇〇字

 酒を呑むと、記憶を喪失する。後半の大部分が、消える。若いころもその傾向はあったが、五十歳位から症状が悪化。呑み時間四時間とすると、二時間。ほぼ毎日呑んでいるので、二十年掛けると、一年半の時が、自分史から奪われたことになる。が、そのままでは済まないことが多いので、翌朝失った時を取り返すための探偵ばりの捜査活動が、始まる。
 知人と一緒のときは、メールなり電話で、何を話したか、立居振舞はどうだったか、無礼はなかったかを、聴取することができる。
 自宅の場合、連合いに訊けたが、「記憶がなくなるまで、呑まなくてもいいじゃない」と、叱責されるのがオチだった。内心、「ときには、記憶喪失のままでいたいぐらいに、辛いこともあるのよ。男はサ」と、ぶつくさ、言っていた。いまは(訳ありで一人なので)、番組欄をチェックし、テレビを観ながら何をしていたかを、推し量ることにしている。
 が、現役時代、取引先の偉いさんとの呑み会のときなんか、「記憶がとんでいたんです」なんて言えないから、単独の参加は避け、節度ある「書記役」に、同席してもらっていた。
 ところが記憶を失っていても、不思議なことに、そのときは正気っぽいらしく、住みかへは無事生還できている(ほとんどは)。呑み助特有の「帰巣本能」とやら、なのだろうか。
 というのは、コロナ禍前の話。いまはズーム呑み会とやらをやっている。録画機能があるので、捜査の必要がなく、とても便利だ。

(画面に映るのは、単身赴任で京大の研究所に異動になった義理の従弟の部屋。互いに孤独を紛らわすために・・・笑)

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