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ウォーキング【エッセイ】

 限りなく不透明なときでも、例年と変わらぬ爽やかな風が吹き、椿山荘近くを流れる神田川沿いの桜木の枝を揺らしている。葉桜になり、散策する老夫婦や若いカップルの姿が、ちらほら。満開の時期はもちろん、桜餅のように見える桜の下を歩くのも、いいものだ。
 今日は、外苑東通りを北上、神田川の遊歩道、早稲田一帯を抜け、あの、国立国際医療センターの横を通過する、ルートにしよう。
 遊歩道には、足休めの店が三軒あるのだが二軒は閉じていて、最後の店。コナコーヒーが飲める、ハワイアングッズの店の前を通り過ぎてから、入口を塞いだテーブルにマスクが並んでいたことに気づく。店内の営業は自粛しマスクだけ売っているようだった。欠品続きだから、買っておこうかと、ムーンウォークのように足をスライドさせ、軽やかにバック。アロハ生地の手作りが気に入った。緑青黒の三色だけを購入。さっそく、着けていたマスクの上に黒柄を被せ、ウィンドウに映してみる。なかなか。うきうきして、正門が閉じられた早稲田前から、文学部裏にある、アザリア咲誇る箱根山近くの、坂道に向かう。
 ゴール近くの医療センターの横は、かなりの急坂。呼吸を荒げ一歩一歩、進めながら、屹立( きつりつ )する建物を見上げ、志村けんさんを想う。同い年だった。まさに今も、患者や医療関係者の方々が懸命に闘っている。「がんばって! 」と、心の中でエールをおくる。
 ルートの最後にあるスーパーは、毎日歩く活力源。以前なら、店内でその日の肴を思い描きながらの買い物が、今は、そそくさとカゴに入れ、あわただしい。だが、ここにも、いつ感染するかと怯えながら、地域( コミュニティ )への使命感からレジを務める、ひとたちがいる。
 彼らをはじめ、いわゆるエッセンシャル・ワーカーといわれる方々のおかげで、歩ける。感謝をしながら春風のなかを、明日も。

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