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原発規制における金属の「累積疲労」

原発の新規制基準の適合性審査や老朽原発の審査では、基準地震動より小さい地震なら何度揺れても「疲労」は蓄積しないという考え方を取るということが、昨日の取材でわかった(長文注意)。


熱疲労と地震等の振動は足し算?→YES

取材の滑り出しはとても良かった。

  • 確かめたかったのは「新規制基準の適合審査では、累積疲労係数は熱疲労と地震を含む機械的な振動の合計で、1を下回らなければならない」ということだ。

  • 原子力規制庁の原子炉審査部門に聞いたのだが、答えは明解な「YES」だった。

  • 私が考えていたのは、「地震が起きて繰り返し揺さぶられている原発では、年月が経っていなくても、金属疲労は起きるのではないか」ということだ。原発稼働のオン(熱い)とオフ(冷たい)で生じる応力(熱疲労)と、地震を含む振動を足すという考え方で間違いはないことがわかり、ここまでは良かった。

おさらい:食い違った見解

では何が問題なのか。順に整理する。

  • 原発:経年化と地震による「金属疲労」について」で書いたように、山中伸介原子力規制委員長に「志賀原発の変圧器に起きたことは、原発の劣化6事象の「低サイクル疲労」と同じか」を尋ねたところ、2号機の変圧器で起きたことと「高経年化とは全く違う事象だ」という答えが返ってきた。

  • 一方、金属の専門家である井野博満 東京大学名誉教授(工学博士)によれば「熱応力による疲労と、地震による疲労は足し算して考えないといけない」。ご著書にもその累積疲労係数が1を超えないようにすることが求められると書いてある。

二つの見解は食い違っているように見えた。そこで、実際に審査にあたる原子力規制庁実用炉審査部門の考え方を尋ねた。すると、ある意味、どちらも正しかった。

耐震重要度分類「Cクラス」では「累積疲労」の規制がかかっていない

  • まず、山中委員長の見解は言葉足らずで、「志賀原発2号機の変圧器に起きた疲労」と、老朽原発の審査で使われる6つの「経年劣化事象」の一つである「低サイクル疲労」の扱いは別物だということ。

  • 北陸電力の資料P4には「低サイクルの「疲労破壊」」と書かれているが、そもそも、耐震重要度分類「Cクラス」の変圧器では「低サイクル」という言葉は使わない。単に「疲労破壊が起きた」と言うと、実用炉審査部門担当者は言う。

  • 言い換えれば、「Cクラス」の変圧器は、熱疲労と地震を含む振動を合計して累積疲労係数が1を下回るかどうかという規制がかかっていない機器なのだ。

耐震重要度分類「Sクラス」では「累積疲労係数」1未満の規制あり

  • 一方、耐震重要度分類「Sクラス」が求められる重要なものは「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則第17条(材料及び構造)第8号トで「クラス1容器、クラス1管、クラス1弁及びクラス1支持構造物にあっては、運転状態Ⅰ及び運転状態Ⅱにおいて、疲労破壊が生じないこと」と定められている。

  • 詳しくは「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則の解釈」(P43)に第17条第8号トの材料と構造は「設計・建設規格 2005(2007)」によると書いてある。そこに、1以下を下回らなければならない「累積疲労係数」とは、熱疲労と機械的振動(地震も含む)を合計したものである旨が書かれている、という。

  • つまり、井野教授の言う通りだ。

  • さらに「耐震安全評価」でも同じ考え方ですよ、と実用炉審査部門担当者は「実用発電用原子炉の運転の期間の延長の審査基準」p4を示してくれた。

新規制基準でも老朽原発の延長でも「累積疲労」の考え方は同じ

  • この足し算をするという考え方は、新規制基準の適合審査だけではなく、運転期間延長の審査でも同様だという。

  • 高経年化した原発の運転期間延長の認可基準である「実用発電用原子炉の運転の期間の延長の審査基準」には、評価項目「低サイクル疲労」として「健全性評価の結果、評価対象部位の疲れ累積係数が1を下回ること」と書かれている(下表)。この累積とは「熱疲労」と「地震を含む振動による疲労」が含まれていると、実用炉審査部門担当者はいう。

出典:「実用発電用原子炉の運転の期間の延長の審査基準」p2
  • また同基準P4の「耐震安全性評価」の要求事項としても「経年劣化事象を考慮した機器・構造物について地震時に発生する応力及び疲れ累積係数を評価した結果、耐震設計上の許容限界を下回ること」としている。ここでも同じ「累積疲労係数」という考え方を取るという。

ここまでの取材はなんの問題もなかった。

驚き:基準地震動より小さければ何度揺れても疲労として蓄積しない

ただし、さらに詳しく聞いて驚いたのは、地震の振動による疲労の計算は基準地震動をもとにしており、冒頭に書いたように基準地震動より小さい地震なら何度揺れても「疲労」は蓄積しないという考え方を取るというのだ。

具体例で言えば、2024年1月1日の能登半島地震で、志賀原発(北陸電力)が受けた地震は、基準地震動以下の揺れだった。だから、1月だけで累計1558回も揺れた(下表はこちらから再掲)という事実は、規制がかかる「Sクラス」のものでも疲労の計算にカウントされない。

出典:気象庁 【特集】石川県能登地方の地震活動
令和6年1月 地震・火山月報(防災編)から抜粋)p.57

金属疲労の考え方って、そんなものだったのか?

これらの振動(応力)がかかった事実は、そもそもCクラスの変圧器にはなんの意味ももたないし(壊れたという事実だけが残る)、重要な施設でさえ、基準地震動以下であったという意味で、やはり意味を持たない。

原発の規制における金属疲労の考え方って、そんなものだったのか?
そう思いながら、フラフラと原子力規制委員会のビルを出て、電車に乗った。

【タイトル写真】
紫陽花 2024年6月9日筆者撮影

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