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地元の野菜を地元で売る愚行、やってみた

「逆に聞きたいんだけど」ある町民はそう前置きしてから私の愚行について見解を述べた。曰く、このへんの住人は誰でも家庭菜園をやってる。野菜なんて捨てるほどあるのに、なんでこの町で野菜を売ろうとしたのか。地元の野菜を地元で売っても誰も欲しがるわけがない、ましてやこんな人通りゼロの過疎化したニュータウンの住宅街で、と。そこまで区切ってから、一番言いたかった言葉を、おそらく、飲み込んだ。ビジネスをわかっているのか、甘すぎやしないか、と。

余ってるから売るんです

「野菜が捨てられるのは、誰も欲しがらないからじゃありません。誰も売らないからなんです。この町で野菜を作ってるのに、どこにも売る場所が無いから誰も買ってくれないんです。だから捨てるしか無いんです。それを知ってしまったからには、見過ごすのが嫌だから、自分が売るしかないんです」

 ビジネスのことは正直知らない。ただ、誰も好き好んで公庫に借金までして甘い見通しで商売を始めようとは思わない。私には勝算があった。

 普通は、ここに無いものを売る、例えば暑い地域に冷たいものを売るからビジネスになるのであって、町内でとれた野菜を町内で売っても誰も買うわけがない。そう、普通は。ただし、野菜というのはその値段のほとんどが流通のコストに使われるので、大量生産大量物流大量販売してやっと成り立つ商売である。ただ、町内野菜にはどこの誰がどういう育て方でどの畝で育ったか、今朝の何時に採れた野菜かまで把握しているという安心がある。この安心は需要がある。安心は売りになる。

もともと我、ホームページ屋

 別に野菜のことなんて何も知らない、ビジネスのことももちろん知らない、ただ広告代理店から企業のキャンペーンサイトを頼まれて作るだけの個人のホームページ屋だった。ホームページ制作の腕は買ってもらえていたので、ありがたいことに大手企業から直接のご依頼があったときに株式会社化させるタイミングで公庫に融資を頼んだのがそもそものはじまりだった。公庫の融資を受ける条件の一つに、専用の事務所を構えることというのがあったので、町内で事務所に使える物件を探した。だがここは大阪府下有数の田舎。事務所として借りられる物件はパソコン一台の作業スペースがあれば何とでもなるホームページ屋の身分ではどれも広すぎる物件ばかり。つまり余ったスペース遊ばせておくのがもったいないので、何かできないかと考えていたときに町内で農業をやってる若手生産者さんからもちかけられた相談が、ことの始まりだった。その持ちかけられた相談というのが、町内のこだわり野菜が全然売れずに捨てられている現状というものだった。

制作事務所部分だけでも十分広い

余ってるなら売ればいい

 町内のこだわり野菜を内外にプッシュしていこうという動きすら最初なかったのが良かった。まだ誰の手垢も付いてない商売に、本業のホームページ制作家業をするには広すぎる事務所の、余った部分を提供すればすぐはじめられた。ただ、最初は廃棄野菜を仕入れて売ることを考えていたが、廃棄野菜を売ったところで生産者の経済が潤わないことを知った。だからしっかり野菜を仕入れて売る方法に切り替えた。これも功を奏した。
 野菜を仕入れる原資はホームページ制作のギャラから割り当てた。ホームページ制作は仕入れが必要ないので利益率がいいので、最初にあまり野菜が売れなくてもなんとか回すことが出来た。場所も事務所の余った部分を使うので実質タダのようなものだった。なのでしっかり野菜の原価にあてることができたので、生産者の方々には我々に卸してもらえる専用の畝(野菜を植える場所)まで用意してもらえて作付けからこだわり野菜をしっかり仕入れることが出来るようになった。

 冒頭にも書いたように、捨てられるのは誰も欲しがらないからでは決して無く、誰も売ってないからというのは最初からわかっていた。自分が地元の野菜を食べたいと思ったとき、どこで買ったらいいかわからなかったからである。歩いて2分のスーパーにいけば、いつでも日本全国の野菜がいくらでも手に入る。北海道産のタマネギから九州産のきゅうりまで、いつでも手に入るのに、同じ町内で頑張ってる生産者の野菜がどこでも手に入らない。売る場所が無いから捨てるしかない。別にスーパーで全国の野菜が手に入ることを問題視しているわけではない。ただ地元の野菜を地元の人が買える選択肢が無いことをどうにかしたかった。道筋を作りたかったのだ。

 安心な野菜を売るので、鮮度もこだわった。店頭に並ぶのは原則として今日の朝何時に採れた野菜か、速くても前日昨日に採れた野菜を並べた。そのくらい新鮮なので実際には一週間でも店頭に並べることができたが、それをしなかった。今日並べた野菜が売れ残ったら、それはもう売らない。言い忘れていたが、野菜市は毎日ではなく火曜日と土曜日だけの開催にした。そうじゃないと生産者の収穫が間に合わないのだ。
 安売りも絶対にしない。売れ残るよりはと安く売るようになると、安くなるのを待って買うお客が出てくる。新鮮野菜を適正価格で届けたいという事業なのに、安くなるから鮮度が落ちるまで待って買う人に向けて商売するのは間違ってるからだ。だから、鮮度が落ちた野菜は絶対に売らない。
 扱う野菜は総じて安いわけではない。ただし高いわけでもない。安売りスーパーがよくやる、目玉商品などで一見安く見える手法を使わないだけだ。だから安いという印象は持たれなく、むしろ高いという印象を持たれがちだが、安売りはしないと言うだけで高いわけではなくむしろ安いほうで売っている。先に書いたように流通にかかるコストがかからずにその分生産者に利益を乗っけられるからだ。

結果:仲間が増えた

 本業のホームページ制作をするかたわら、こだわり野菜を地元で売る愚行を3年ほど続けた結果、固定ファンと手伝ってくれる人たちが増えた。ホームページを作っていただけでは絶対に出会えない人たちが応援や協力してくれるようになった。今では月に2回くらいイベントをやったり、学生インターンの卒業論文の研究テーマとして手伝ってみたり、地元で事業してる人たちの口コミでちょっとした事業の相談役として頼られるようになったり、毎日が賑やかになった。

シャッター商店街でのんびりやってるのが自分らしくて好き

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