読書感想文:東京結合人間:インモラル多重解決推理小説のエネルギーを浴びよう

作者である白井智之さんの作品に入るには、二つの正規ルートがある。

A. 人間の顔は食べづらいルート

白井智之さんの作品のデビュー作にして話題作。このルートから入るのは最も正しい。判断の正しさが全宇宙にまで知れ渡っている。

B. 名探偵のいけにえルート

白井智之さんの作品の最高傑作にして代表作。このルートから入る人の人生は全てにおいて正しい。生き方が輝いている。

今回感想文を書くのは東京結合人間

 白井作品の何に重きを置くかによって一番に紹介したい作品は変わってくると思う。人によっても当然違うし、同じ人でも時期や気分によって違ってくるかもしれない。作品全般について言えることは、類を見ない多重解決への執念、架空世界でも許されないインモラルなテーマ、善悪をどこかに置いてきた個性的で卑しさのある探偵役、ほかの小説ではスポットが当たりにくい明朗で快活な性産業従事者の活躍、そしてなにより山口雅也さん著「生ける屍の死」から盛り上がり成熟しきった感のある特殊設定ミステリ(※特殊設定については記事を改めていつか感想文を書きたいと思っている)というフォーマットを自由自在に使いこなす独特の世界観。

 はじめに断っておくが、この記事は本をオススメする記事ではない。読んだ本の感想文を書いている記事だ。なんでこんな防衛線を張るのかというと、白井さんの作品は初めての人におすすめがとてもしにくい作品が多いからだ。白井さんの作品をまだ読んだことがない人は、最初からいきなり東京結合人間を読まずに、ルートAかルートBで読み始めてほしい(※ただしルートB名探偵のいけにえから入る場合は、さらにその前作品名探偵のはらわたから読み始めるのもおすすめだ。結局どれから読めばいいのかややこしくなって恐縮だが、ルートBで入る場合は手っ取り早く現状最高傑作から読みたい人はいけにえ、気長に構えて読書体験をもう少しだけ向上させたいならはらわたから読み始めるといい)。どちらのルートからでも、白井作品の面白さがわからない場合は、東京結合人間は特におすすめできない。ここは自分の感想文を書くところなので、おすすめできるできないに関わらず読んだ本の感想を書こうということで東京結合人間を選んだが、賢明な皆さんは必ず正規のルートを通られたし。

特殊設定をいいことに盛大に欠如したモラル、モラルがないせいで生きる多重解決本格ミステリ

 結局のところこの物語のいいところは上の小見出しで言い切ってしまった。このままタイトルで言ったことの繰り返しをするのも芸がないので、まずはこの小説の弱点だと思った部分から述べよう。
 弱点はズバリ、ミステリを成立させるためだけに死んでいくキャラが存在することだ。そんなのミステリでは当たり前だと思うかもしれない。この小説ではこの弱点が強すぎるとも言えるし、ほかのミステリでも当たり前のことが弱点ということはほかは素晴らしいというポジティブな意味でも言えるかもしれない。ネガティブなほうでとらえると、ミステリでは当たり前の、ミステリのためだけに登場して殺されていくキャラクターが存在してしまう。白石作品の中でも特にこれが強いかもしれない。

 ネガティブな部分から感想が始まったところで、次はいいところを挙げていこう。小見出しにあるように振り切りまくったインモラルな世界がこの物語の魅力だ。少なくとも私はそう感じた。どうインモラルなのかは詳しくはここでは書けない。なぜなら私はこの記事を人前でも使う仕事用のPCで入力しているので、IMEが変換候補に覚えてしまっては困ることがたくさんあるからだ。なので具体的にどうインモラルなのかは書くことが出来ないが、とにかく作者が特殊設定の世界であることをいいことに、盛大に欠如したモラルの中でのびのびとミステリが書かれてある。それはもう。突き抜けたインモラルな設定が他の白井作品と比べても色が強い。
 多重解決についても、特殊設定多重解決本格推理というジャンルを筆者がおそらく強く意識して書かれてあると思った。前作であるデビュー作、人間の顔はたべづらいは、意識しているというよりは作者が思い描く物語を作る過程で特殊設定だったりインモラルな世界であったり多重解決であったりが含まれるという印象を受けた。つまり物語がありきであったように思う。それに比べると東京結合人間では、本格推理であり多重解決でありそこに特殊設定でインモラルな物語を当てはめていったような感じがした。物語はあくまで多重解決本格推理のために動いていて、設定やモラルは多重解決本格推理を完成させるために存在するようなイメージ。うまくいえないが。

 嘘をつけない人間、「オネストマン」という設定については善し悪しの判断が難しかった。わざわざ結合人間という特殊な設定を作ってまでこの設定が必要だったか判断が難しいが、なければないで「みんなが正直に言っている」前提を作るのは難しかったともいえる。よく読んでないのかもしれないが、結合した人間であることと、嘘をつけない人間であることの繋がりがあまり理解できなかった。とはいえ、全員が嘘をつけないからこそ成り立つミステリの仕掛けはこの物語の真骨頂でもある。なのでやはり好意的に受け止めたい。

 あと東京結合人間という題名の、“東京”という言葉は何だったのかちょっとわからなかった。

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