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短編小説「真贋」①

あらすじ

女子中学生の遺体が埼玉県の古利根川で発見された。警察の捜査では自殺という見解が示され、このニュースは地方の新聞紙でひっそりと埋もれるはずだった。しかし、亡くなった生徒と同じ中学の同級生である山下香織のある告白によって、いっきに全国区のニュースへと広がっていった。その告白とは、彼女は自殺ではなく、発達障がいを患っていた彼女に対する同級生の悪ふざけが原因だというものだった。その真相の解明を通じて山下香織は問う。人間に感情は必要なのか。はたして同級生の死因は自殺か、あるいはそうでなかったのか。その捜査にあたった警察官と山下の時をかけた因縁とは…そして最後に明かされる衝撃的な事実とは…

プロローグ


女には特に気負いは無かった。これだけ多くの人間に計画を話すことに対し、高揚感も緊張感もなく、ただただ段取りのみを語った。

池袋にある貸し会議室。彼女にとって、人々がその提案を受け入れる器量があるかは興味の対象とはなりえない。

彼女にはいつしかその行動を起こすべきだとする自覚と、かねてからの計画が存在するのみだ。彼女の声は不思議とよく通った。

話し終えた後、まともに人々の目を正視できなかった彼女は、深く息を吐いた後、ゆっくりと顔をあげてみた。

数秒の静寂の後、一人の男が右手の拳を突き上げるのが見てとれた。成功だ。あとはどれだけの人間が追随するか…しかし、その心配はすぐに杞憂であることがわかった。

その計画を実行することがあくまで自分の目的と合致するかのように、ある者は拍手、ある者は興奮を隠しきれないでいた。やはりこの場に集めた人間達はそれぞれ思うところがあるのだろう。

「それでは、国家、文化、呼び名は何でも良いけど、その存在に是非を問いましょう」

第一章


その日、東京のベッドタウンとして知られる閑静な住宅街に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。数台ものパトカーが向かっている先は埼玉県の古利根川だ。

2000年9月2日。女子中学生が水死体となって発見されたこの日。警察は現場の状況と、遺体に特に外傷が無いことから自殺と判断。女子中学生は何らかの理由で意図して川に入水したものと見なされた。

関係者には先日の大雨で川が増水していたところに、精神面に負担を抱えた中学生が何らかの理由で自殺に至ったという見解が警察より示され、このニュースは地方の新聞の片隅にひっそりと掲載されたのみであった。

しかし、その2日後マスコミに故人の友人と名乗る1人の女性から情報を寄せられたことで、一気に全国区のニュースとして扱われることになった。

「私の友人田村美咲さんは発達障害を患っていました。その影響からか人が言った言葉に対して、言葉が放たれたときの感情や心の機微は捉えられず、言葉通りに真っ直ぐに受け止める性質を持っていました。美咲さんが亡くなったその日、実は自殺なんかではなく、数人の同級生から言われた言葉が、美咲さんを殺したのです」

発達障害に対して、そこまで認知がなされていなかった当時の社会背景も相まって、多くの教育評論家や心理学者に自説を展開させる大きな事件へと発展していった。主な論点は、今件は加害者が存在するのか、しないのか 。

マスメディア各社は原因を追及すべく容赦なく裏取りを開始していった。誰が、どんな言葉を投げかけたのか。経緯が明らかになるほど、世間からの熱い視線を浴びるようになり、ますます議論は加熱していった。

週刊誌の中には、田村美咲に投げかけたとする同級生の性別、人数と、実際の言葉まで掲載するものもあった。

山下香織が田村美咲と親しくするようになったのは、2000年の6月頃のことだ。中間テストと期末テスト、一年生の頃から数えて5回の結果が、ともに学年一位で名前が並んでいたこともあって、山下は田村のことを名前だけは知っていた。

山下は幼い頃から自分はどこか他人とは違うと感じていた。誕生日のお祝いや、流行りのゲーム、学校で習う知識、全てが「所詮他人が作り出したもの」という感覚を持っていた。

それは良い大学を目指すことは本当に自分のやりたいことなのかといった思春期特有の類いのものではない。例えば国語はなぜ、現代文、古文、漢文の三つにわかれているのか…そのくくりは一体誰がどんな理由で決めたのか。

同級生はテレビゲームになぜはまるのか、ドラマやテレビの話題で学校がもちきりになるのはなぜなのか。どうして人が作ったもので楽しいと感じられるのか、山下には不思議で仕方なかった。

そのため、学校で決められた通りの流れで、定められた授業を受けることも退屈であったことから、一般の書籍を取り寄せて、自分の興味が持てるものは何か日々模索していた。

授業中は決まって別の書籍を読んでおり、そのくせ教員から指名されると即座に正解を返答できてしまう山下を教員も同級生も疎んじていた。

かろうじていじめに遭わずに済んだのは、山下には親からもらった恵まれた体躯があった。

身長は165cmで手足は長く、顔立ちも目がはっきりとした二重に、少し大きめの口が備わっている。道すがらすれ違う男性が、一度は振り向く外見をしていた。

なぜ、同級生は好きでもない人間と一緒にいるのだろう。親しくしていた人間が席を外すと、なぜその人の悪口を言うのだろう。

山下にとって承認欲求や見栄に囚われている同級生の姿は、非常に稀有な生き物として映っていた。

「A組にも山下さんと同じように学年で一番の成績の子がいるのは知っている?田村さんといってまぁ山下さんと違って美人ではないけど」

普段なら聞き流すクラスメイトの言葉も、なぜかこのとき山下は田村という存在に興味が湧いた。

翌日昼休みにA組を覗いてみると、教室で一人弁当を食べている女子生徒がいた。オシャレとは言えないおかっぱ頭に、少しぽっちゃりとした体型。奥二重の瞳は目尻が少し垂れ下がり、柔和な顔つきをしている。

山下は自分よりも身長が低いその女子生徒がきっと田村なのだろうと、なんとなくだが確信に近い印象を持った。一人で昼食を摂るのは自分と価値観が似ている人間かもしれないと期待もあった。

「田村さんこんにちは。私はB組の山下香織」

田村は一瞬間を置いた後、口に持っていきかけた箸を丁寧に手元に戻し、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

「こんにちは、山下さん」

田村は突然現れた山下に警戒するでもなく、自然な挨拶を返してきた。

「あなたはきっと田村さんよね。いつも一人で食事しているの?」

「そう、あなたと一緒よ、山下さん。もっとも私の場合はクラスの子と話していると、冗談で言ったことなのか本気なのかわからなくて、よく周りを困らせちゃうから自然とみんな離れてっちゃったわ。自ら一人を選んでいるあなたとは違うかも」

そう言う田村の表情は、悲壮感も強がりもなく、本当に正直にその分析に至ったのだと、ある種の清々しさを感じさせた。

「まるで私のことを知っていたかのような口ぶりね」

「あら、あなたは有名よ。美人で聡明でスタイルが良いのに、授業中は別のことをしている変わり者ってね。私には不思議だわ。あなたほどの美人が、なぜいつも一人でいるのか。どうして?」

山下は他のクラスメイトと違って、自分が思うことを直接表現する田村に好感を抱いた。

「自分より立場の強い人間には媚びへつらったり、その場の雰囲気に合わせて思ってもいないことを言ってみたり、クラスメイトといても本音がわからないから興味が湧かないのよね。中学校って思ったより面倒だったわ」

「私も人の本音がわからない。分かりたい気持ちはあるのだけど、昔から言葉にされないとわからないんだ。私達似た者同士かもね。見た目は月とすっぽんだけど」

自虐的な言葉を大真面目に言う田村に山下は思わず笑ってしまった。中学に入って初めて笑ったかもしれない。しかも山下がなぜ笑ったのか、不思議そうにしている田村を見てさらに笑いがこみ上げた。

それからは昼休みにA組に顔を出すことが日課になり、田村のことを知るようになった。田村はなぜ成績が山下と同じく学年で一位なのか。山下と違って田村は授業中には別のことをせず、授業に集中していた。

というより、ノートすら取らず、じっと先生の説明を聞いているだけだという。田村は、いつ、誰が、どんな言葉を発したのか全て記憶できる能力を持っていた。そのせいか、人の発する言葉に非常に敏感なのだ。

夏休みに入ると、自然とほぼ毎日一緒にいるようになった。

「ねぇ、香織はなんでそんなに勉強するの?それだけの外見と頭があれば生きていくのに不自由しないんじゃないかな」

「私はね、解明したいんだ。私も美咲と同じように人の気持ちを汲み取れない人間だから、というか興味が持てないというか…だから、こんなとき人はどう思うんだろうと推し量るのではなくて、人が感情を露わにしたら、その結果と要因を一つ一つ学んでいるんだ。心理学ももちろんだけど、あまりピンと来ないから、行動経済学やいろんな宗教の教典なんかも読んだりね」

「人に興味が無いわりには、ずいぶんとご執心なのね」

「そう思う?ふふっ、私はね、理解が目的ではないのよ。矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、どうしたら人の感情を消し去れるのか、その方法を模索してるの」

「人の感情を消し去る?」

「そう、例えば、母親が子どもに怒っているときに、近所の人が通りかかったとする。そうしたら、さっきまですごく怖い声で怒鳴りつけていた母親が近所の方には笑顔で挨拶を返す。そして近所の人が見えなくなったらまた激しく子どもを叱り出す。よくある光景でしょ?結局感情なんて出し入れ可能なのよ。出し入れ可能なら、必要以上に出すことないじゃない」

「難しいことを考えているのね。でも何で人の感情を消し去りたいの?」

「さっき例えに出した女の子いたでしょ。あれは私なの。幼い頃に母親の激情に触れ過ぎたせいか、感情そのものにある種嫌悪感を抱いているのかもね」

「そうなんだ、私には父も母もいないから、あまりわからないわ」

「・・・」

田村が自身の身の上について話すのはこれが初めてだった。いつもの調子で淡々と話す田村に、山下はどう反応して良いか考えあぐねていた。そんな山下をよそに田村は構わず続けた。

「私ね、3歳の頃に児童養護施設に預けられたんだけど、親がなぜ私を預けることになったのか、理由を思い出せないの。かすかな記憶にあるのは、預けられる当日に、お父さんらしき人が泣きながら私の肩に手を置いていたんだ。そこでなぜ預けることになるのか何か言ってくれていた気がするんだけど、どうしても思い出せない」

「・・・・・・・」

「その後、施設長に聞いても理由はわからず、私が5歳の頃に戸籍上の父親が亡くなったと聞いたわ。死因は自殺。だから、預けられた理由っていうのはずっと不明のまま。預けられたことより、理由がわからないのはずいぶんと悩んだわ。それもこれも、3歳の頃の自分が父が言ったことを覚えていなかったからだと強烈に自分を責めたりしたの」

「だから美咲は人が言ったことを忘れないの?」

「そう、もしかしたらその言葉は二度と聞けないことかもしれないじゃない。そう考えたら忘れるのが怖くて」

山下はそれ以上言葉を返せなかった。自身が今学んでいる内容に、親友の壮絶な過去を聞いたときに行うべき反応は含まれていなかったからだ。

戸籍上と表現したところに田村の気持ちが見え隠れしたように思えるが、本人はいたって冷静に話している。山下は田村が自分の境遇を正直に話してくれたお礼とばかりに、自分の秘密を話した。

その日以来2人はさらに仲を深めていく。親しさにお互いへの信頼が加わったからだ。

山下に田村の訃報が伝わったのはそれからひと月あまり経った頃だった。いつもの通り、昼休みに隣のクラスに顔を出すとそこに田村はいなかった。

風邪でも引いたかなと自分のクラスに踵を返すと、クラスメイトから耳を疑う話が入ってきた。

「A組の田村美咲さんのこと知ってる?今朝川で死んじゃってたのを発見されたって。私あまり田村さんのこと知らないけど、同級生が亡くなったなんていまひとつ実感湧かないな」

「私も聞いた。何かを探していて誤って川に落ちちゃったらしいじゃん。15歳で死んじゃうなんてかわいそう」

美咲が死んだ?昨日の昼休みも一緒にいたのに、クラスメイトは何を言っているんだ。そんなわけないじゃない。

山下が噂話として入ってくる情報を意に介さずにいると、昼休みだというのに担任が教室に入ってきた。

「えー既に知っている者もいるようだが、A組の田村美咲が今朝古利根川で亡くなっているのが発見された。何か情報を持っている人間がいたら個別でいいので教えて欲しい。しばらく職員室に警察の方の出入りがあるとは思うが、変に騒ぎ立てないようにすること。大変ショックな知らせだが、学校としてしっかり対処しようと思うので、みんなはいつも通り授業を受けていくように」

「えーっ。授業あんのかよ」

クラスメイトは人1人亡くなったことより、午後の授業の有無に関心があるようだった。何だこの状況は。山下は整理ができずにいた。

人1人亡くなったという知らせに、しっかり対処するという形だけの言葉を述べる学校と、さして関心を示さないクラスメイト。

もし山下に怒りの感情があるなら、そのまま感情に身を任せて机を蹴って教室を出ていただろう。しかし、山下はそうしなかった。もはや山下の思考は次の疑問に移っていた。

自殺の可能性は?完全には否定できないが、昨日話した様子では何の違和感も無かったので、山下には信じられなかった。

美咲に何かあったに違いない。そうでなければそもそも川なんて行くはずがない。そうだ、川に行く必要なんてない。探し物?そこから山下の思考は早かった。この結果にも何か要因があるはずだ。

放課後、山下はA組に赴き、廊下から教室内の様子を観ていた。もしこの結果に関わっている人間がいれば、昼休みに各担任から発信されたこの日の放課後に、何らかの反応があるはずだ。

こんなとき、人はどんな反応をするのか山下には幾つかの想定があった。

掃除を終えて帰宅する者、慌てて部活動に向けて準備をする者、これからどこに遊びに行こうか相談し合う者がいた。違う、この人達じゃない。

山下が後方の窓側付近に目をやると、下卑た笑いを浮かべる男子生徒に、平静を装いながら爪を噛む男子生徒、そしてその2人を試すかのように会話の主導権を握っている女子生徒がいた。

こいつらだ。きっと何か知っている。山下は勘に過ぎないが確信を持った。

その三人に気付かれないように後方扉付近に移動すると、壁にもたれながら中の会話に耳をそばだてた。

「まさか本当に行くとはね」

女が口火を切っていた。

「だからそのまま去るのは反対だったんだ」

爪を噛んでいた男が感情を露わにし始めた。

「まぁでも、俺らはきっかけにはなったかもしれないけど、直接的な死因とは無関係なわけだから大丈夫でしょ」

男をなだめるかのように先程まで笑みを浮かべていた男が、まとめるように意見を言っている。

「そういう問題じゃない!」

「じゃあどうすんだよ!今さら状況は変えられないだろ」

なだめようとした男もつられて声を荒げた。

真相を探るには爪を噛んでいた男に問い正すのが良さそうだ。

三人が正面玄関で別れた後、山下は爪を噛んでいた男の後をつけた。男の家に着く前にどこで声をかけようか考えあぐねていると、男は住宅街とは真逆の方向へ曲がった。

古利根川へ向かうつもりか。好都合だ。道には自分の姿を遮るものが無くなかったにもかかわらず、山下は落ち着いていた。男は周囲に気を配る余裕は無さそうだ。

現場付近の川辺に辿り着くと、男はしばらく立ち止まって何事かつぶやいた後、その場に座り込んだ。古利根川は田村が亡くなったことなど、微塵も感じさせず、風にあおられて時々水面が波立っていた。

「あなた美咲の死について何か知ってるわね」

ビクっと一瞬肩を震わせた後、男はゆっくりこちらへ振り返った。

「山下か」

なぜ名前を知っているという驚きよりも、山下は男の表情に戸惑いを隠せないでいた。山下には男が救われたような、安堵したような、そんな表情に見えた。

「俺たちに辿り着くまで、もう少し猶予はあると思ったんだがな。さすが学年1位だな」

「知っていることを話して」

「・・・。そうだな」

それから男は少しの間口をつぐんだ。目はやや虚ろ気味に、口は下唇を噛んでいる。その状態で5分以上は経っただろうか。

山下は待った。この場合、山下は急かさないほうが真相を掴める気がして、辛抱強く男の様子を観察した。

「ゲームだったんだ。予想が当たるか外れるかの。それぐらいのきっかけで人が1人死んじまった」

「・・・」

「田村と山下が仲良くなるにつれて、A組の中でも田村は少しずつ明るさを取り戻しつつあったんだ。ただ相変わらず空気の読めない発言を煩わしいと思ったクラスメイトと、田村と山下という成績が学年1位同士がつるむことに対して妙なやっかみを覚えた連中が、ある企画を持ちかけてきたんだ」

「企画?」

主犯はさっき教室で会話の主導権を握っていたあの女子生徒だなと思いながら、山下は先を促した。

「誰かが、田村は人が言ったことを真に受けるって言い出した。冗談が通じないってね。でも人の嘘にはさすがに騙されないんじゃないかって話になり、じゃあ確かめようってことになって。俺と中山と勝俣が選ばれた」

「中山と勝俣ってさっき教室で一緒に話してた人?どっちが女?」

「勝俣だ。教室の様子まで見てたのか。お前本当に中2か?」

「それで?」

「昨日の放課後、帰り際の田村に3人でひと芝居打ったんだ。田村には山下が古利根川で溺れているらしいとだけ伝えた。そこで川に向かうのか、向かわないのか、それが知りたかった」

「私の名前を出したのね」

「・・・。結果、田村はすごい形相で川に向かった。表情が尋常じゃなかったので、俺と中山と勝俣は田村の後についていくことにした。するとちょうど今俺が座っている場所から、躊躇なく田村は制服のまま川に入っていった。俺たちはビックリして今さら嘘だとも言えず、怖くなってその場を離れたんだ。離れたんだ。うっ・・・」

後半は嗚咽を堪えながら話されたが、山下は事故の全容を理解した。ああ、美咲。なんてこと。私を探すために川に入っていったなんて。

翌日、山下は勝俣という女の放課後の下校途中を狙った。勝俣は、人一人の死に関わったという自覚が無いのか、特段変わった様子は見られない。

山下は背中越しに語りかけた。

「あなたが美咲を死に追いやった張本人ね」

「ひっ!山下香織。突然何なの?」

唐突であったことと、背後から話しかけられたことに加え、話の内容に勝俣は戸惑いを隠せないでいた。

「何の証拠があってそんな言いがかりをー」

バシッ!勝俣が言い終わるのを待たないうちに、山下は相手の頬に平手を打った。

「痛っ!何すんのよ!田村さんの事故と私に何の関係が…」

バシッ!表情ひとつ変えず山下はもう一度放つ。腕の長い山下から繰り出される平手は、十分過ぎるほどの痛みを与えている。バシッ!今度は相手の発言を待たずに平手を重ねた。

山下にはこのようなタイプの人間に素直に語らせるには、今のような対応がベストだという目算があった。平手を4回重ねた後。

「ちょっ。もうやめて!わかったわ。何でも言うからもうやめて!やめてください」

怒りや憎しみなどを込めるでもなく、ただただ機械的に痛みを与えてくる山下に勝俣の心は折れてしまった。

「私が分からないのは、なぜ美咲をからかう必要があったの?結果が変えられないなら、せめて動機が知りたいわ」

「そんなの…分からないわ。強いてあげるなら、面白がっていたのかもしれないわね。あとは山下さん、あなたへの嫉妬もあるわ。みんなあなたに憧れと恐れの両方を抱いている中で、突然田村さんが仲良くなったのが許せなかった」

「何それ。何なの。意味が分からない。何でそんな人間て利己的なのかしら。面白いという感覚も嫉妬という感情も自分が満足したいから起こるものじゃない」

山下は侮蔑の眼差しで勝俣という女をよく見てみた。眉毛は垂れ下がり、腕はまたいつ平手が打たれるかわからないといったように腕組みをし、背はまるまっていた。見るからに自分に自信がなさそうな女だった。

「あなたみたいに他人の足を引っ張ることでしか自己を保てないような人間にはふさわしい対応を用意するわ」

そう言い残し、山下は帰路何事か思いついたのか、本屋へと向かった。

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