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双極性障害【休職中のこと】

私は定年退職を迎えるまで通算5年間休職をした。

休職したまま定年退職を迎える。
そんなことになろうとは夢にも思わなかった。
「部外者」は立ち入りが禁じられている職場での挨拶はできず、会議室で上司から退職の記念品や同僚一同からの花束を受け取った。
また、机の中のものが段ボールで運ばれて来、私物とそうでないものを自分で仕分ける。
惨めだった。

そんな形で定年を迎えたからか、家族からは「ご苦労さま」の一言もなく、さらに惨めな思いをした。

それはともかくとして、その通算5年間をどう過ごしたか。
医者や会社の担当者からは「ゆっくり休むように」と言われたが、どう休んだら良いのか分からない。
うつ状態がひどいときにはテレビを見る気にもなれず、まして本など読めない。
入浴すら重労働な状態だから、散歩をしに外へ出ることなど、できようはずもない。
ますます苛立ち、さらに落ち込む。

それでも気分が少し落ち着いてきたころに産業医の指導のもとで「通勤練習」を始めた。
先ずは、日中の比較的電車が空いている時間帯に会社まで行ってみる。
構内へは入らず、門のところまで行って、引き返す。
それをしばらく続けると、今度は日中を外で過ごす練習を勧められた。
「外で過ごす」と言っても、何をしたら良いのか分からない。
この世界には「図書館神話」なるものがある。
復職の訓練のために1日を図書館で過ごすというもの。
しかし、本を読むこともできないのに、図書館で、しかも日中のほとんどの時間を過ごすことなどできるはずはない。
せめても、と思い、カフェでパソコンで文章を書いたりして過ごしたこともある。
それとてせいぜい2時間程度しか続かない。
しかも、産業医からはカフェのような自由な場所ではなく、ある程度緊張感のある図書館を改めて勧められた。
仕方なく、Wi-Fi環境のある図書館を探し、そこでまた文章を書いて過ごそうと思ったが、それも2時間が限度だった。

公的機関が運営しているリワークという復職訓練を試そうとしたが、定年間際の私にはそこを利用する資格はなかったため、断念。
そんなときに知ったのが「就労移行支援事業所」というものだった。
これは民間の事業所で、ある程度の利用料が要るが、その大部分は公費で賄われる。
そこで何をするかというと、毎朝決まった時間に「出勤」し、午前中は電卓を使っての計算やグループワーク、電話の受け応えといった軽作業をする。
午後は「社会人としての心得」や「面接の練習」など、社会に出るための訓練がおこなわれていたが、さすがにそれには参加しなかった。

その内容はともかくとして、ここに通うことで、ようやく日中の居場所が見つかった。
そして、そこに約1年通ったところで定年を迎えた。

しかし、この就労移行支援事業所は、まだ社会に出たことがないか、社会に出て間もない人たち向けの施設であり、正直なところ、私のように定年間際の者が通うところではないと感じた。

あの5年間を振り返ってみて、私にとってもっとも休養になったことは、喫茶店やカフェで過ごした時間だった。
先述の通り、産業医には「それでは自由すぎて復職の訓練にならない」と言われたが、あのころの自分にとって最も必要だったのは、安心して過ごせる時間と場所だったと思う。
たとえ、それが「訓練」とはいえなくても。

うつ状態にある者にとって、最も必要なことは正にこの「安心して過ごせる時間と場所」ではないかと思う。
そこで気持ちを安らげ、寛ぐことで次第に気分を持ち上げてゆく。
そして、ある程度気分が回復したところで、職場に戻り、短時間勤務をしながら完全な復職を目指すのが理想的だと思う。
もちろん、それには会社の理解が要る。
「会社は訓練の場所ではない」「いったん、出社したら元通りに働いてもらわなくてはならない」と言われるところが多いだろう。
しかし、現実問題として、「仕事をする」という訓練は職場以外ではできない。

私は5年間休職したと書いたが、間に1年間復職した期間がある。
その際に、上司から言われたこと。
「働かなくてもいいから、半年間は絶対に休むな」
厳しい言葉に聞こえるかもしれないが、私にとってはこの上なくありがたい言葉であった。
そして、その言葉通りに半年間、休まずに出社し、2度目の休職まで順調に回復していったのだった。
しかし、残念ながら、1年経ったところで、あることがきっかけで、再度休職せざるを得なくなった。

話が逸れたが、うつ状態にあって休職している者にとって、何が一番良いかは人それぞれだと思う。
喫茶店やカフェは人が多くて集中できない、図書館の方がいい、という人もいるだろう。
或いは、就労移行支援事業所での課題をこなすことが気分の安定につながる、という人もいるだろう。

最も大事なのは、自分が最も心安らかに、落ち着いて過ごせる休息の場を見つけることだと思う。