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ここに来る人は幸せだ─さすらい駅わすれもの室「語り部の記憶」

2023.6.27 お知らせ📢「さすらい駅わすれもの室」をkindle出版しました。kindle unlimited(月額980円 初回利用は30日間無料)では0円でお読みいただけます。

clubhouseのつながりから生まれた「本読む彼らのお年玉」「思い出せない絵本」「語り部の記憶」は、次作以降に収められたらと思います。


リアル朗読会の余韻

2023年4月2日。北千住にある「空中階」で「さすらい駅わすれもの室」の朗読会が開かれた。題して「空中階で朗読会 さすらい駅わすれもの室 春」。

ピアノ、雨傘、3足す1の四つ葉のクローバー、チューリップ、赤い帽子をかぶった九官鳥のキューちゃん。作品に登場するわすれものたちが描かれたホリベ画伯(堀部由加里さん)作、朗読会のお知らせ。

自分の書いたものを目の前で朗読されるというのは、何度味わっても良いものだ。その空気を他の人たちと分かち合えるのは、なお良いものだ。

例えば、安堵のため息。一人一人の小さな吐息が、会場の人数分合わさると、空気の塊が動くような感覚がある。物語は分かち合ってなんぼだと思っているが、空気ごと分かち合えると、感激は何倍にも膨らむ。

朗読に立ち会う醍醐味を初めて味わった作品は、奇しくも「さすらい駅わすれもの室」だった。言葉と音楽のユニット「音due.(おんでゅ)」の2ndライブに書き下ろした「彼の苦いブラウニー」と「彼女の苦いブラウニー」。バレンタインデーにちなんだ、ほろ苦い物語を引き出してもらった。

コロナ禍1年目、すでに書き上げていたシリーズ作品と新作をnoteに公開したところ、clubhouseで読んでくれる人が次々と現れ、ついにclubhouseでつながった読み手さんたちが朗読会を開く運びとなった。

会場で配られたプログラム。ホリベ画伯(堀部由加里さん)のイラストと文字。作品名・演者名とそれぞれの「わすれもの」エピソード。

プログラムは
「世界にたったひとつの帽子」
宮村麻未さん  堀部由加里さん
「指輪の春」
松本佳奈恵さん
「迷子の音符たち」
河崎卓也さん 水野智苗さん
「センセイという名の鳥」
水野智苗さん 河崎卓也さん 宮村麻未さん
「幸運のクローバー」
中原敦子さん
「雨傘の花畑」
堀部由加里さん 宮村麻未さん

配信replayはこちら。

どれもこれまでにclubhouseで何度も聴いた話だけど、「この顔合わせは初!」だったり、「九官鳥の声を外から聴かせるのか!」だったり、「動き回りながらの朗読。演劇みたい!」だったり、ライブならではの驚きと興奮を味わえた。

上演が終わった後、前に出てご挨拶する時間をもらえたのだが、来場の皆さんへのお礼が中心になり、出演者の皆さんへの感激と感謝を伝え足りなかった。とくにこの会を企画し、主催し、人一倍張り切りもし、疲れもしたであろう宮村麻未さん。お礼の言葉に代えて新作を書くことにする。

マミワニにあてて、書くワニよ🐊

宮村麻未さんが朗読されたので、clubhouseでの朗読を開放しましたワニ。

今井雅子作 さすらい駅わすれもの室「語り部の記憶」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

その女性があちこちに体をぶつけながらわすれもの室に駆け込んで来たのは、誰もが嘘をつくことを許される日の明くる日のことでした。

「朝、目が覚めたら、わからなくなっていたんです! わたくしが誰で、どんな仕事をしていて、今日何をする予定だったのか、何もかも!」

わすれものは「記憶」でした。彼女は自分のことを「わたくし」と呼びました。独特の言葉遣いは、彼女が何者であるかを知るヒントになるかもしれません。他にも手がかりはないかとわたしは彼女を注意深く観察しました。

「一体どうしてこんなことになってしまったんでしょう。困りましたワニ」

「ワニ?」とわたしが思わず聞き返すと、
「ワニ?」と彼女も聞き返しました。
「今、おっしゃいませんでしたか? 困りましたワニ、と」
「困りましたワニ? わたくし、そんなこと言いました?」

もしかしたら、彼女は「困りましたわね」と言ったのかもしれません。彼女の丁寧で気品のある語り口に、「わね」は、しっくりします。けれど、わたしには、「ワニ」と確かに聞こえたのです。

「ワニ……ワニ……ワニ」

壁の一点を見つめ、呪文のように「ワニ」を繰り返す彼女は、その言葉を取っかかりにして、なくした記憶を手繰り寄せようとしているようでした。

わたしもまた、あることを思い出していました。

「ワニ」と言えば、あいつです。

わすれもの室の夜の当番を勝手に名乗り、わたしがいなくなった真夜中にわすれもの室を勝手に守っている、なぜか踊るワニ。

「わーにのだんすは だんだんだんす」

耳にこびりついた独特の節回しのあの歌をわたしがつぶやくと、

「わーにのだんすは だんだんだんす?」

またしても彼女が反応しました。

それから、彼女は歌い始めました。あの踊るワニそっくりな節回しで。

「わーにのだんすは だんだんだんす
 わーにのだんすは ばんばんだんす
 わーにのだんすは ぶんぶんだんす」

歌い終えた彼女とわたしは驚いて顔を見合わせました。

「この歌を知っているのですか?」
「いいえ、存じませんワニ」
「でも、今、歌っていらっしゃいました。そして、またしても、ワニとおっしゃいました」
「確かに歌いましたワニ」
「またワニとおっしゃいました」
「ほんとですワニ。ということは……わたくしは『ワニ』なのでしょうか」

わたしが黙ると、わすれもの室は静寂に包まれました。

わたしは、試されているのでしょうか。

その奇妙な感覚に、覚えがありました。

わすれもの室の窓をつららが固めるほど寒い日、ガラスの靴を求めて裸足でやって来た、あの女性。わたしは、その人が女優で、「灰かぶり姫」のお芝居の稽古を本番さながらに繰り広げているのだと思いました。

もしかしたら、目の前の彼女も。

「あなたは、お芝居をなさっている人ではありませんか。そのお芝居で、踊るワニの役をやることになっているのではないでしょうか」
「では、わたくしは、ワニではなく、お芝居をする人なのでしょうか」

彼女は考え込みます。その仕草が芝居がかって見えます。「記憶をなくしたお芝居をする人」を演じているのでしょうか。

「わたくし、お芝居の心得は、ないことはない気がいたしますワニ。ですが、実は先ほどから、本を見ると、なぜだか気持ちが落ち着くのですワニ」

彼女は、わすれもの室の棚に並ぶ、本の背表紙に目をやりました。彼女の語尾が「ワニ」になっていることが、もはやわたしは気にならなくなっていました。すっかりワニ口調が板についています。

「わたくし、本に携わる仕事をしているのでしょうか」
「どうでしょう。先ほどから聞いていますと、あなたはとてもよく通るお声をされています。もしかしたら、朗読をされるお仕事かもしれません」
「朗読? それですワニ!」

彼女はこの日一番の反応を見せ、この日一番力強く「ワニ!」と言いました。

「そうでした。わたくし、これから子ども村の子どもたちに絵本を読み聞かせに行くことになっていましたワニ!」

何もかも彼女は思い出しました。今日の予定も、何の仕事をしているかも、自分の名前も。

「助かりましたワニ。アリゲーターございますワニ」

彼女はお礼の言葉と「ワニ」を繰り返しました。

「良かったです。わすれもの室に行けば、なくしたものが見つかるということだけは覚えていてくれて」
「はい。わたくしの大好きな物語があるんです。『さすらい駅わすれもの室』というお話で」

彼女の心の中で表紙が静かにめくられ、彼女は物語を語り始めました。落ち着きと深みのある声で。

「さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから」

それから、彼女は、次々と物語を語りました。

世界にたったひとつしかない帽子を探しに来た、そそっかしい婦人。
楽譜をなくしてリサイタルができなくなったと取り乱すピアニスト。
病気で痩せ細った夫の指から抜け落ちた指輪を探しに来た、老婦人。
「センセイ」と悲痛な声で繰り返す九官鳥を迎えに来た、意外な持ち主。
うまくいかない人生を四つ葉のクローバーのせいにしている青年。
捨てて行った傷だらけの雨傘と、突然の雨の日に再会した学生服の男の子。

どれもわたしのよく知っている物語でした。
それでいて、初めて出会うような新しさがありました。
そして、彼女の声には、いつまでも聴いていたいと思える心地よさがありました。けれど、独り占めするわけにはいきません。

「子ども村の子どもたちが待っているのではありませんか」
「そうでしたワニ。行ってまいります」

記憶を取り戻した語り部の彼女を送り出し、ひとりになったわすれもの室で、わたしの胸を春の陽射しのような温かさが満たしていました。

何もかもわすれた彼女は、わすれもの室に行けば、なくしたものを取り戻せるということだけは覚えていました。何度も語られた物語は、春になっても溶けない雪のように、彼女の深いところに根を張っていたのでしょう。

そうして飛び込んだわすれもの室が、その物語の舞台で、そこに作者がいたとは、彼女は思いもよらなかったでしょう。「さすらい駅」という駅の名前は、わたしが物語のためにつけた名前ですから。

ここに来る人は幸せだ。

そう書いたのは、わたしが誇りを持ってこの仕事を続けるためでした。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがある。そんな幸せな人たちの役に立てる良い仕事をしているのだと物語の中で胸を張りたかったのです。

あんなにわたしを頼りにし、あんなにわたしに感謝をした人たちは、わすれもの室を後にした途端、わすれもの室のことをわすれてしまいます。そこにいるわたしにも、もう用はないのです。その後、駅ですれ違っても、わたしに気づく人はいません。

いいのです。わすれものを持ち主にお返しする、それが、それだけが、わたしの仕事なのですから。

けれど、時々さみしくなります。雨をしのぐだけ頼りにされて、雨が上がったらかさばって邪魔だと言われる、使い捨ての傘になったようなむなしさを覚えるのです。

傘といえば、わすれもの室から傘を持ち帰った学生服の男の子が、後に、その傘を差して、わたしを励ましに来てくれたことがありました。その傘は元々、彼が捨てて行ったものでした。傷だらけのその傘をわたしが繕い、わすれもの室の置き傘にしていた、それが縁あって彼の手元に戻ったのでした。

もう一人、冬にわすれもの室を訪ねて来た老婦人は、春になって、探しものの指輪が土の中から球根の芽とともに顔を出したと知らせに来てくれました。

でも、そんな人たちは稀です。多くの人たちにとって、わすれもの室も、そこにいるわたしも、困ったときだけ現れ、用が済んだら消える、便利なる存在なのでした。

受け取りの書類を一枚ずつめくりながら、せめてわたしだけはわすれないでいようと一つ一つのわすれものにまつわる物語を書き起こした、それが「さすらい駅わすれもの室」でした。

ご自由にお読みくださいと言葉を添えて物語たちを放ちましたが、反応は静かでした。

縁あって見つけてくれた誰かが、「ここに書かれているのは私です」と再びわすれもの室の扉を開ける。そんなことは起こりませんでした。

「あの日見つけてもらった、あのわすれものを見るたび、思い出していました」
そんな手紙が届くこともありませんでした。

「目立たないけれど、良いお仕事をされているのですね」
そんな労いの言葉をかけられることもありませんでした。

皆、いそがしいのです。小さな物語に立ち止まり、心を寄せるゆとりなど持ち合わせていないのです。

ところが、誰にも届いて思っていた物語は、わたしの知らないところで、誰かから誰かへ伝えられていたのです。なくした記憶を探しに来た語り部さんは、わたしの知らない物語の行方を知らせてくれたのでした。

さすらい駅わすれもの室。
ここに来る人は幸せです。
でも、誰よりも幸せなのは、ここにいるわたしでした。

送り出した小さな幸せが、何倍にもなって帰ってきて、ようやく気づくことができました。

受け取りの書類の名前の欄に、わたしは、彼女ではなく、わたしの名前を書き入れました。

それから品名の欄に「ありがとう」と記しました。

それにしても……。

「ワニめ」

語り部の彼女がなくした記憶を取り戻すきっかけが、よりによって、ワニだったとは。

あの踊るワニもまた、しっぽを振り回しながら、自分の物語をふりまいているようです。

※2023.7.19 Kindle版(「臨時停車」篇)出版準備にあたり、加筆。「子ども村の子どもたちが待っているのではありませんか」の前に以下の4行を追加。

どれもわたしのよく知っている物語でした。
それでいて、初めて出会うような新しさがありました。
そして、彼女の声には、いつまでも聴いていたいと思える心地よさがありました。けれど、独り占めするわけにはいきません。

「ワニ令嬢」誕生

このnoteタイトル画像のスワッグは、出演者の一人、松本佳奈恵(kana kaede)さんが鹿児島に住むガーデナーのhaco marikoさんにオーダーし、朗読会当日にくださったもの。

たっぷりのミモザに青と白の小さな花。群青色のユーカリパパラスの丸い葉っぱにてんとう虫。センスと遊び心をぎゅっと束ねたスワッグを眺めて、朗読会の余韻を味わっている。

hacoさん作のスワッグ。黒いメッシュのリボンもオシャレ。

hacoさんとはclubhouseの外で会ったことはないけれど、膝枕ナビコの外伝で植物にやたら詳しい膝枕ハビコを書いてくれたり、花の名前を教えてくれたり、遊んでもらっている。

出演の皆さんも、集まった人たちも、ほぼclubhouseつながり。とくに「膝枕リレー」関係者が多数。

膝枕関係者の多くはワニ関係者も兼ねているので、輪になる界隈の人にはおなじみ、けれど輪の外の人にはわかりづらい内輪ネタを新作「語り部の記憶」にちりばめた。

宮村麻未さんにあて書きした語り部は、一人称が「わたくし」で語尾が「ワニ」となっている。正調「膝枕」のヒサコや「脚本家が見た膝枕」の脚本家をご令嬢キャラ設定で読む(麻未さん曰く「おたわむれ」)で度々楽しませてくれている麻未さん。「わにのだんす」のワニ愛が募るあまり、語尾のワニ化が日に日に進み、「マミワニ」の異名も。

麻未といえば令嬢。
麻未といえばワニ。

ただし、令嬢とワニは混在しない。混ぜるな危険。でも、この作品では混ぜてしまった。

物語の種たち

2023.4.2「空中階で朗読会 さすらい駅わすれもの室 春」配信replay

記憶をなくした語り部のワニ口調のネタ元、絵本「わにのだんす」。ただし、絵本の中のわにの語尾はワニではない。「◯◯ワニ」の語り口はclubhouseのワニ部屋で遊ぶうちに生まれた。とくにワニ口調を極めている宮村麻未さんに「マミワニ」の正午(⁉︎)がついた。

「わにのだんす」のだんすわにが登場するのが、さすらい駅わすれもの室「本読む彼らのおとし玉」。

大晦日。踊るわにが夜の当番を名乗り、勝手にわすれもの室で留守番。そこにわたしがやって来て、さらに金次郎たちの集団が。

「わたくしはワニだったのでしょうか」

ボケているのか、マジなのかと戸惑う「わたし」がデジャヴを覚えたエピソードは、さすらい駅わすれもの室「もう片方の靴」。

落としたガラスの靴を裸足で探しに来た女性の正体は!?  

あて書きがあて書きを呼ぶ

鉄は熱いうちに打て。朗読会の翌日にはnoteの下書きに流れを書き込んでいたのだが、仕上げる時間を取れないまま土曜日に。

あと1日で朗読会から1週間経ってしまう。今日中に公開したい。clubhouseでしゃべりながら書き上げよう。ルーム予約をしようと「ものがたり交差点」を開くと、午後の早い時間に宮村麻未さんが出張いまいまさこカフェを朗読されていた。

「出張いまいまさこカフェ」連載全22回の21杯目。「あて書き」ってどう書くの?の回。

麻未さんにあて書きした作品を発表しようというタイミングで、麻未さんがあて書きを語っている。なんという偶然。

夕方にルームを開くと、麻未さんが聴きに来てくれた。

マミワニが釣れたワニ。

お知らせしていなかったけれど、たまたまタイミングが合った。後で加筆してから公開しようと思っていたけれど、ルームを開けているうちに公開することにした。

チャットがワニだらけになった。びっくりしているであろう麻未さんにスピーカーに上がってもらい、ワニ口調でチャットを読み上げてもらった。麻未さんは感激で泣きそうになっていたそうだが、ワニと泣きの両立が難しく、涙が引っ込んだそうだ。

泣きたくなったら、ワニになれ。

公開してからちょこちょこ加筆。

clubhouse朗読をreplayで

公開翌日の2023.4.9の22時より宮村麻未さんが朗読。

2023.4.16 こもにゃんさん

2023.4.16 宮村麻未さん

2023.4.24 宮村麻未さん

2024.1.17 わくにさん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。