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「あて書き」ってどう書くの?(出張いまいまさこカフェ21杯目)

2006年9月から5年にわたって季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の21杯目。いつもは1ページなのが見開きの拡大版。vol.30(AUTUMN2011)掲載。表紙は『マジック&ロス』主演とプロデューサーの杉野希妃さん。

見開きの掲載誌。題字は名久井直子さんの手書き。

「あて書き」ってどう書くの?(北條一浩)   今井雅子

出張いまいまさこカフェ連載が6年目に入った。bukuは3か月ごとの刊行だから、4杯で1年、20杯で5周年。記念すべき21杯目は、最初の読者でもある編集者の北條一浩さんからの質問に答えることにしてみる。その質問とは、

「あて書きってどう書くんですか?」

あて書きという言葉をわたしが知ったのは、映画脚本デビュー作『パコダテ人』の本直しを重ねていた頃。撮影が2001年の秋だったから、今から10年ほど前のことだ。

キャストが決まり始めたある日、前田哲監督に言われた。

「お父さん役、徳井優さんになったから、あて書きして」

あて名書きなら知ってるけど、あて書きとは何ぞや?

わたしが首をかしげると、「え? 知らんの?」と監督に驚かれた。

「徳井さんにあてて書く、いうことや」

具体的な役者を想定すると、台詞もト書きも変わってくる。大柄な役者さんがやるとシリアスになる場面でも、小柄な徳井さんがちょこまか動くと、コミカルになったりする。

主人公ひかる役の宮﨑あおいさん、お母さん役の松田美由紀さん、お姉さん役の松田一沙さんも、それぞれ「この人がこの台詞を言うんだ、この動きをするんだ」という目で脚本を見直し、書き直した。

役者が「決まって」からではなく、役者を「決める」ためにあて書きすることもある。

『子ぎつねヘレン』がそうだった。

野生動物の診療を無料で引き受ける主人公の獣医役に大沢たかおさんを口説くことになった。誠実そうな大沢さんが優等生をやるより、正直に文句を言わせたほうが面白いと考えて、口の悪い人にした。やりすぎかなと思って、大沢さんに決まってから少し真面目な人物に軌道修正したら、「初稿のほうがいい」と言われた。あて書きの脚本にのってくださっていたのだ。

あて書きのアテが外れると、別な役者にあててまた脚本を直すことになる。最終的に頓挫したある恋愛映画では、ヒロインの恋人役が決まらず、そのたびに筋肉質にしたり太らせたりしたが、ふられ続けた。こういうときは「彼好みの女になろうと必死に努力してるのに振り向かれない女」のような悲哀を味わう。

あて書きとは、脚本家に代わって登場人物が「この役はあなたです」と役者を口説いて「その気」にさせる書式といえる。役者の顔を思い浮かべ、愛と気迫を込めて書くのが流儀だ。「この台詞を言いたい」と役者に思わせたら脚本家の勝ち、「こんな台詞は言えない」と思われたら負けである。

というのが編集者・北條さんからの質問に対する答えだが、脚本家に聞きたいことがある人はあちらこちらにいるらしく、メールなどでしばしば質問が寄せられる。興味深いのは、答えたい気持ちにさせる質問と、そうでない質問があること。その分かれ道は、どうやら今井雅子への「あて書き」になっているかどうかであるらしい。

自分が脚本を手がけた作品への質問は、製造者責任もあるし、観てくださった人への感謝の気持ちもあるので、わたしが答えねばと思う。感想に質問が差しはまされていることが多く、好きなシーンを挙げた後で「あの台詞はどういう気持ちで書いたんですか?」「どうやって撮影したんですか」などと聞かれると、待ってましたとばかりに答える。

また、脚本家を目指す人からの「書き方」についての質問にも、積極的に答える。質問者は少し前のわたしであり、いつかわたしのライバルになるかもしれない人たちだ。わたし自身は独学で脚本の書き方を身につけたので、その頃の試行錯誤の中に答えがある。

とはいえ、初めましてのメールでいきなり原稿を送りつけられると、対応に困る。「なぜデビューできないと思いますか?」と聞かれると、原稿の中身以前に、挨拶と自己紹介を省き過ぎという間の詰め方に問題があるのではと言いたくなるが、返事はしない。手当たり次第あて名だけ替えて送っているとうかがえるからだ。

あなたのこの作品が好きで脚本を書き始めたので、ぜひ最初に読んでください。そんな一言でも添えられていたら、数打ちゃ当たるじゃなくて、わたしだけにあてて書かれたのだと思えるのだけど。

そう、「あて書き」するためには、まず相手のことを知らなくてはならない。だから、話を戻して、その気にさせたい役者さんの過去の出演作を研究することも、脚本家の仕事である。

などと偉そうなことを言いつつ、先日とんだ大失敗をしてしまった。わたしの脚本作品に出演される役者さんとの初顔合わせで「○○監督の作品で観て以来、いつかお仕事したいと思っていました」と挨拶したところ、「その監督とは、やったことないですね」と当惑された。わたしの完全な取り違えだったのだが、「こいつ、わかってないな」と失望させるに十分な失態だった。

わたしも何度か経験がある。「今井雅子さんですね? いやー、一度お仕事したいと思っていました。あの作品良かったですよ」と持ち上げられた後、他の脚本家の作品名を挙げられて、お互いに気まずい思いをしたことが。

当たると双方ハッピーだけど、外れるとダメージが大きい。「あて」は取り扱い注意である。

「ビターシュガー」印刷台本

写真脚注)ドラマの仕事が続きますが10/18よりNHKよる☆ドラ「ビターシュガー」放送。この作品もあて書きしました。


プロフィール(2011年掲載当時)

今井雅子(いまいまさこ) www.masakoimai.com
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』『ぼくとママの黄色い自転車』。テレビ作品に自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した「ブレスト~女子高生、10億円の賭け!」(テレビ朝日)、「快感職人」(テレビ朝日)、「アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜」(フジテレビ)、NHK朝ドラ「つばさ」脚本協力、朝ドラ「てっぱん」ほか。10/18よりNHK「ビターシュガー」放送。オンライン小説「ルミチカ」配信中。

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目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。