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発酵・醸造文化から学ぶ人づくり(1)

まだ暑さの厳しさが残る8月の最終週に、知多半島にある三井酢店の蔵に伺わせて頂きました。創業から約100年。今も昔ながらの製法で酢が作られています。

2000年に駅前の拡張工事で半田から阿久比に蔵を移転することになった際、創業当時からある蔵を丸ごと移築したそうです。新しい工場に建て替えてもよさそうですが、このエピソードを聞くだけでも、微生物の働きによって作られる発酵食品を扱うということが、どれだけ繊細な作業なのかがわかります。

蔵を案内してもらった三井社長は、同じ蔵仲間である造り酒屋に行くときはとても神経を使うといいます。自分の体についている酢を造る際に使用する酢酸菌によって、その酒蔵の糀や酵母に影響を与えるといけないからです。微生物の働きの邪魔をしない。それは酢をつくるときの姿勢にも表れています。

焦らずゆっくり、じっくり 

お酢はお酒(アルコール)から造られますが、アルコールを酢に変えるには「酢酸菌」という微生物の力が必要です。この菌がもっている個性がその蔵の味や香りになるそうで、菌が住みついている蔵はもちろん、道具もとても大切にしているそうです。

社長は「私の酢造りは、主にこの酢酸菌が元気に働けるように見守ることです。」と。

見守るとはどういうことなのでしょうか。

お酢をゆっくりと発酵させるための木桶「発酵槽」には「菰(こも)」をかけます。季節ごとに必要に応じて「こも」の枚数を増やしたり、減らしたりすることで温度調整をするそうです。この「こも」は藁で出来ているため保温効果だけでなく、吸湿性や通気性にも優れているそうです。

また、蔵の上にある窓には格子がいくつもありました。肌で感じる温度や湿度に合わせ、窓をどれだけ開けるのかを決めていくそうです。朝、窓を開け、日が落ちたら窓を閉める。

代々「おまえが寒いときは酢も寒い。おまえが暑いときは酢も暑い」と言われ続けてきたそうです。

三井酢店のお酢造りは、機械を使用せず、静置発酵法と呼ばれ、子育てのように時間と手間をかけてじっくりと造りあげていくことを大切にしています。子どもの成長を見守るように、ゆっくりとお酢が醸されていくのを待つそうです。そうやって時間をかけることによって、お酢にまろやかさや味わいが醸し出されてくるそうです。

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それは、温度管理だけではありません。酢酸菌は、空気に接している部分でしか働かないため、空気に触れているところでしか発酵しません。そのため、一日四回、365日仕込みをされているというのです。

それも一子相伝。先代と社長のみが行うというのですから驚きです。

母親が毎日休むことなく、暑い日も寒い日も幼子の世話をするように、酢造りも毎日お世話をします。焦らず、ゆっくり、じっくりと。するといつしか全く異なった味わいへと変貌を遂げていきます。それは、何もできないと思っていた我が子がある日たくましく、大人へと変貌を遂げていく瞬間にもなぞられます。

見守りつづけるということ

空気という異質な外部からの刺激。その刺激を受けて酢酸菌という長くその土地(蔵)にいる個性をもった存在(菌)が、発酵を起こし、その発酵熱によってさらに仲間を増やしていくことで、酒が酢へと変貌していきます。それはまるで人が集団の中でもまれ刺激を受けながら成長していくプロセスにも似ています。

三井社長はそれを直接コントロールするのではなく、酢酸菌という見えない命が少しでも活動しやすいように環境を整え、見守り続けています

それは人も、そしていくつもの命の集合体である社会や組織の発展も基本的には同じ法則が流れているような気がします。

三井酢店でつくられた酢のようなまろやかで味わいのある人材を育てていくにはどうすればいいのでしょうか?

まろやかで、味わいのあるまちとは?

社会が穏やかな時代は三井社長のような見守り人がコミュニティーにはたくさんいました。それがいつしか手段が目的にすり替えられて、生産性の向上という名のもとにどんどんと効率化がはかられ、そのような存在が組織やコミュニティから徐々に姿を消し、あるいは、いたとしてもコンクリートに囲まれた扉によってそれぞれが孤立化し発酵(触発)が行われなくなっているようにもみえます。


いたるところで見受ける社会的な歪は一つ一つの命が悲鳴をあげ、声なき声によって反旗を翻しているようにも見えます。それは、働く母親たちの悲鳴であり、年々増加している不登校の子どもたちや100万人ともいわれるひきもりの人たちであったり。そしてもっといえば異常気象によってもたらされている自然災害に至るまで。

三井酢店で行われている製法はその土地の風土によって生み出された知恵の宝庫です。お米で酒をつくり、そのお酒から出た粕で酢がつくられ、その絞りきった粕が家畜の餌となり、その家畜から出た糞尿が堆肥へと循環されていく。そして出来上がった酢は酢漬けにすれば保存食として機能します。全てがサスティナブルにまわっています。

伝統的な技法を守り続けている蔵元が教えてくれた
命との向き合い方。

一つ一つの命とどう向き合っていくのか。

それが今私たちの暮らしに問われているのだと思います。

ちなみに、三井酢店の技法は同じ知多半島にある中埜酢店、今のMizkan(ミツカン)から初代三井興三松(よそまつ)氏に伝授されたと伺いました。

今では考えられないことですが、でもそれがあったからこそ、今もなお伝統的な技法が守られ、代々受け継がれてきた命のリレーによって私たちの食卓に深い味わいを運んでくれています。

ありがたいことですね。

次回は角谷文次郎商店の三州三河みりんをご紹介させて頂きます。

お楽しみに!!



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