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ブランドプロデューサー・横田千晶の自分史|インタビュー(聞き手:ライター正木伸城)

ビジネスデザインの創成で業界でも定評を得ている株式会社テイ・デイ・エスに勤める横田千晶さんは、自社のオリジナル雑貨ブランド「Re+g(リプラグ)」のチームマネジメントを行いながら、ブランドプロデュースを担っている。リプラグチームが主に扱っているのは、カレンダーなどのデザイン雑貨とステーショナリー。彼女らは商品企画からデザインまでを推進し、他企業と組みながら製造・販売までを手がけている。

「社内的にはリプラグは一部署なのですが、企画から納品・販売まで、ほぼ一事業をまるごと運営しているので、裁量も大きく、やりがいを感じています。そしていま『お絵かき』を通じて知育という新たなジャンルにも挑戦中です!」

そう語る千晶さんがブランドプロデューサーとして信頼されるに至った人生の歩みについて、ここで話を訊(き)いた。

ブランド「Re+g(リプラグ)」をプロデュース

――プロデューサーとしてブランド全体を運営する千晶さんですが、チャレンジングな商品企画でも勝負されていますね。

リプラグは自分たちのようなデザイン好きの大人をターゲットにしたブランドとして10年以上運営をしてきました。そんな中、今リプラグで新たなチャレンジとして力を入れているものの一つに「Re+g Kids(リプラグキッズ)」という取り組みがあります。「Atelier mio(アトリエミオ)」というイタリアのアート教育「レッジョ・エミリア・アプローチ」から着想を得たフィンガーペイントのお絵描きツールを販売しているんです。指で描ける絵の具と、抽象的なモチーフが入ったお絵かき帳がセットになっています。

このツールを通して、子どもたちにアートに接してもらって、彼・彼女たちが本来持っている創造性や考える力を引き出すことができればと考えています。デザインやアートには潜在能力を開花させる力があるので、私は、単に商品を売るということだけでなく、デザインの力で社会に還元できるものがあれば、それを推進していくということも意識しています。リプラグキッズではワークショップも時々開催していて、子どもたちに絵を体験してもらっています。

――千晶さんは、もともとデザインに興味がおありだったのでしょうか。

アートみたいなものは子どもの頃から好きでした。幼い時期から絵画教室に行ったり、中高生時代も美術に興味があって、大学時代には美術史を学んでいました。西洋美術史から入って、最終的には日本の近代美術を専門で勉強しました。

幼い頃から「アート好き」で育つ

――アートが好きだった幼い頃はどんな性格でしたか?

活発でしたね。スポーツも好きでした。ただ、お絵かきや書道の習いごともしていたので、静かに制作するということも得意でした。父が広告関係の仕事をしていて絵画が好きだったこともあり、よく美術館に連れて行ってもらいました。アートにはずっと触れていたんだと思います。思い返せば、上野の西洋美術館の企画展「MoMA展」は印象的でした。小学生ながらゴッホの「星月夜」が気に入って、絵画のレプリカを買って部屋に飾りました。また、高校生の時に家族でパリに旅行に行ったのですが、美術館でモネの「睡蓮」に圧倒されたことも覚えています。でも、それとともに記憶に残っているのが、睡蓮の作品の前で子どもたちが地べたに座って自由に絵を見ていたあの光景です。率直に「あ、こういう風に絵と触れ合える文化っていいな」と思いました。

――千晶さんが展開されているリプラグキッズは、アートという「きっかけ」一つで子どもは変わるという信頼に基づいていますね。そこには原体験のようなものがあるのでしょうか。

私は子どもの頃から絵を描くことも観ることも好きでしたが、それは「きっかけ」を与えてもらっていたからなんですね。きっかけさえあれば、アートは身近になります。そもそも、幼い頃は多くの子どもが絵本を見たり、クレヨンで絵を描いたりして、ごく自然に絵やアートに触れています。皆にとってアートは身近だったはずなんです。にもかかわらず、成長するにつれて、いつの間にか「絵が大好き」という子以外は絵を観ないし描かなくなってしまう。それでは、もったいない。

アートには、自分を表現したり、共感したり、考えたり、創造したり、といった「生きる力」になるエッセンスがたくさん詰まっています。だからこそ、「絵がニガテ」な子どもたちにも絵を好きになってもらいたい。そのための、アートに触れる「きっかけ」作りができたら、と思ったんです。

――そういった経緯とアート好きな千晶さんの気持ちが、アトリエミオという形になったのですね。そこには「教育」的な要素もある。

商品は開発チーム皆で考えました。始めからお絵描きやアートをテーマにしていたわけではなく、「インテリア」や「家族」など、さまざまなキーワードからアイデア出しを行いました。そんな中、先ほどお伝えした「レッジョ・エミリア・アプローチ」という「子どもの自主性を大事にする」アート教育にインスパイアされ、結果としてアトリエミオが生まれたんです。それが偶然にも私のアート好きな趣味に合致しましたし、自分自身が母親でもあるので「教育」というテーマも意識しました。

アトリエミオは、子どもの可能性を伸ばす知育玩具でもあります。特にいま提供している「指でお絵描きをする」というスタイルは、脳を刺激することやアートセラピー的な文脈から「すごくいいですね」という評価の声もいただいています。私自身、これまでクリエイティブを生業とする人々と関わってきた経験を通じて「アートが人の心に与える影響」を感じたことが多々あります。商品を開発したチームのメンバーも、「子どもたちがアートを体験するきっかけを作る」という夢を共有していました。

新卒で印刷会社へ。そして現在の職場へ

――その上で、絵画については美大で絵を描くというより美術史を専攻されました。なぜでしょうか。

確かに私は絵も好きなのですが、美術館の空間自体も大好きなんです。飾ってあるアートや解説を読んでいる時の雰囲気もそうですし、美術館独特の静かな空気感も好きです。何とも言えない「歴史の厚みを感じさせるような作品と空間」に魅了されるんです。だから「厚み=歴史」つまり「美術史」を学ぼうと思った気がします。絵から投げかれられるメッセージみたいなものも、やはり歴史の厚みを知ることでより豊かにキャッチできるようになります。

――大学を卒業したら、そのままデザイナーになったのでしょうか。

新卒では印刷会社に入社し、制作部門に配属になりました。この時は一端アート的なことからは離れます。いわゆる広告やカタログやプロモーションツールにまつわるような商業デザインに取り組みました。そこで4年間働いて転職した先が、今の会社(=株式会社テイ・デイ・エス)です。それまでの商業デザインのナレッジも活かせる職種だったので、大変に助かりました。また、福利厚生もしっかりしている会社なので、産休・育休も3回とらせてもらって、無事、出産・育児にも取り組むことができました。

――3人のお子さんがいらっしゃるのですね。

それで、1人目の子どもの育休の時に出てきたのが、「リプラグという自社ブランドを立ち上げる」という話だったんですね。私が会社で初めて産休・育休を取る社員だったので、復帰後はどのように仕事を再開していくか手探りでした。そんな時、リプラグの販促面で担い手募集の話を聞き、「やりたいです!」とすぐに参画しました。営業は初めてでしたが、まずは好きなミュージアムショップやお店に飛び込みました(笑)。また、リプラグなら、子育ても含めて自分の生活者としての体験も活かせる予感がありました。

デザインに対するこだわり

――デザインについて千晶さんがこだわっていることはありますか?

リプラグについてで言えば、「リプラグの商品を手にしているだけで嬉しい」と思ってもらえるようなデザインをしようと心がけています。身に着けているだけで、使っているだけで心地良いと思ってもらえるデザインです。便利さやキレイさ、オシャレであることもデザインの大事な要素なのですが、それだけでなく、いかに「心地良い」と感じてもらえるかにこだわりを持っています。

――ちなみに、デザインをする上でお客さまのニーズは気にしますか。

もちろん気にしますし、商品開発にも反映します。ですが、ニーズに応えようと思ってデザインしたことが必ずウケるとは限りません。「これこれこういったお客さまの意見を反映した」という商品が全く売れないことも、ままあります。なので、私はニーズに応えようとしつつも、ニーズにとらわれ過ぎないようにもしています。リプラグは「顕在化しているニーズにだけ対応する」ブランドではないんです。「みんなが思ってもみなかったもので、でも実際にできあがったら『これいいじゃん』となるようなものを生み出す」のがリプラグだと私は思っていて。

――スティーブ・ジョブズみたいですね。顧客のニーズを反映しているだけではiPhoneは生まれなかった(携帯電話の延長みたいな商品しか生まれなかった)、みたいな話です。

(笑)。おこがましいですが、目指すところは同じです。お客さまの意見はすごく大事にします。でも、そのとおりばかりにはデザインしません。リプラグでいま売れている商品でいうと、月の満ち欠けのカレンダーや「Log book」と呼ばれる名刺ファイルがあるのですが、それらもニーズ対応だけでなく、試行錯誤の末にできたものです。

「Atelier mio(アトリエミオ)」の特徴

――アトリエミオもそういった中で生まれたのでしょうね。アトリエミオがおもしろいのは、普通のお絵描きツールとは違って、画材が教材的な要素も持っている点だと思います。ただ単に白紙の紙を与えて「自由に描いてください」という感じではない。

そうですね。お絵描きが苦手な子でも取り組めるように、絵を描き始めるフックとなるようなアプローチをさまざま用意しています。あらかじめモチーフを与えるというのもその一つで、皆はそのモチーフからインスピレーションを得たものを自由に描いていくという感じです。

しかも、アトリエミオは大人からも需要があるんです。一つのモチーフから皆が自由に絵を描いて、互いに見せ合うと、「あ、こんな絵を描く人もいるのか!」といった既成観念にとらわれていた自分への気づきが得られるんです。それが固定概念の打破みたいなことに役立ったり、それこそ打ち合わせ時の良質なアイスブレイクになったりする可能性もある。これを「取り入れたい」という大人の方もいらっしゃいます。

――そこで有意に働くのがモチーフだと個人的には思います。モチーフって、ある種の「制約」でもありますよね。白紙の紙を渡して「自由に描いてください」と言うのに比べたら、「モチーフから発想してください」という方が、ある意味で制約がある。でも、そこが逆に良いんだろうなと思うんです。

確かに、それはありますね。まっさらな紙に描く絵も自由度は高いのですが、一方で、制約があるからこそ自由になれることもあります。真っ白な紙に描こうとする時に、人は、どうしても固定観念やバイアスに縛られて絵を描いてしまいます。それゆえに「お決まりの絵」になってしまうことや「上手に描こう」と意識しすぎて逆に表現の可能性を狭めてしまうことがあります。でも、自分が思いもしなかった「モチーフ」から発想して絵を描けば、今までにない表現ができるんです。

あと、あらかじめモチーフを与えると、絵に対するニガテ意識から離れられるという側面もあります。白紙に絵を描いてくださいと言われれば「絵がニガテだから……」と躊躇する人も、「モチーフから絵を描き足していってください」とすると絵を描いてくれるんです。これもモチーフの効果です。自由に描いていいのだけど、「どうぞご勝手に」というほど自由でもない、そんなアトリエミオがお絵描きの補助輪になれればと思います。

――最後に、千晶さんのこれからの夢をぜひお聞かせください。

アトリエミオはまだ始まったばかりです。すでに多くのお引き合いをいただいていますが、もっと広く認知され、多くの人に体感してほしいと思っています。アトリエミオでお絵描きをしてくれた子どもたちの絵を集めてメディアに掲載することや、ゆくゆくは展覧会をすることも夢です。

アトリエミオに触れてもらった人たちが、生き方を豊かにしていけるような、そんなきかっけづくりをこれからも展開していけたら嬉しいです。

――本日はありがとうございました。

[Re+g(リプラグ)]

[Atelier mio(アトリエミオ)]

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