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[書評]抗わず・焦らず・老害とも言わせず。寄る年波を輝かせたいひと必読の『人生後半の戦略書』

老害という言葉を聞くようになって久しい。個人的にはこの語が好きではないが、私にもそう言われてもおかしくない年代が近づいてきた。仕事はどうか。日常生活はどうか。節度ある歳の取り方をしていないばかりに、時代遅れの知識を振りかざしてビジネスを行ったり、高圧的な説教を若者にするようになっていないか。一方で、中年世代にもなって相も変わらず地位や名声を追い求め、馬車馬のように知識・スキルを切り売りしている人も存在する。場合によっては自身を飾り、承認欲求を満たす人もいるだろう。ブランドものの時計等を身に着けてわが身を誇るのだ(またはそんな姿に憧れるのだ)。そんな感じで、若い頃からやっていることがずっと変わっていないという状態にあなたはなっていないだろうか?

今回紹介するアーサー・C・ブルックス『人生後半の戦略書』(木村千里訳)は、そんな読者に問うてくる。お前、そのテンションのまま死ぬまで行くのか? と。いつか通用しなくなる時が来るぞと。

ロゴが入っているか否かで値段が数桁変わるブランドものに殺到する現代人。彼らは「使用価値(=時計なら『時間を確認する価値』など)」ではなくファッショナブルな「記号」に反応している。そのバカらしさを突いたのは哲学者ボード・リヤールだった。地位や名声も同じく「記号」に過ぎない。そんなものに食いつき続ける人生があなたのお好みだろうか。

できれば、人生の後半戦を充溢させたい。私は、そう思う。

この本は、そんな願望を持つ人にとって福音となる。

とはいえ本書は、何ごとかを悟って世捨てびとになることを勧める本ではない。また、手持ちの知識等が次第に通じなくなるビジネスシーンから「人生後半は遁世せよ」と勧める本でもない。この本の特異な点は、たとえばビジネスシーンなどのように、年老いることによってパフォーマンスが下がり、(仕事等に)ついていけなくなってしまうという事態が生じる分野であっても、「むしろ年老いたからこそ得られる(伸びる)能力を活かす方向に働き方をシフトすれば活躍は続けられる」と説くところにある。つまり、年の功に合わせて新境地を開くことで、ピークを(可能な限り)維持することができるというのだ。そして、その方法として、悟り的な心身の調整等も勧めるし、死を見つめ、人間関係を豊かにすることも勧めるのが本書である。

人生のピークは職業ごとに異なる。この本では、科学者、歴史家、数学者、作家、金融関係者、医師、起業家、警備士、事務員等々、多彩な人たちのピークについて述べられている。ピークは人生のかなり早い段階から訪れ、あとは下降していく。その概略を示す一文を引用してみよう。

現実をお伝えしましょう。高いスキルを要する職業であればほぼ例外なく、30代後半から50代前半にキャリアが落ち込みはじめます。

アーサー・C・ブルックス『人生後半の戦略書』木村千里訳、SBクリエイティブ、21㌻

しかし、早とちりしてはいけない。たとえば科学者のピークというと、新たな発見や革新的な発想を生み出せる能力などがその度量衡になる。たったいま羅列した職業群それぞれについても、人は発見能力や革新性などに近似した尺度でその人がピークにいるか否かを測る。著者のアーサー・ブルックスは、そういった能力のことを心理学者レイモンド・キャッテルの言葉を借りて「流動性知能=推論力、柔軟な思考力、目新しい問題の解決力等」と呼んだ。流動性知能で見れば、人のピークは確かに「30代後半から50代前半」となるようだ。

ところが別の尺度、キャッテルが言うところの「結晶性知能」で測ったらピークはむしろ人生後半になっていくというのがアーサー・ブルックスの主張である。結晶性知能とは、過去に学んだ知識の蓄えを活用する能力のこと。キャッテルの説によれば、流動性知能はおおよそ30代半ばまで上昇し、40代、50代にかけて低下するという。一方の結晶性知能は、成人中期から後期を通じて上昇していくのだという。このことからアーサー・ブルックスはこう述べている。

若いときは地頭に恵まれ、歳を取ったら知恵に恵まれます。若いときは事実をたくさん生み出せるし、歳を取ったらその意味と使い方が分かるようになります。(中略)流動性知能だけを頼りにキャリアを積んでいれば、かなり早期にピークと落ち込みを迎えますが、結晶性知能の必要なキャリアを積んで、もっと結晶性知能を活かせるようにキャリアを再設計できれば、ピークが遅れ、落ち込みの時期も――来ないとは言わないまでも――かなり先に延ばせるのです。

同53㌻、趣意

流動性知能と結晶性知能について例を示そう。たとえば「研究者」の中には早い段階から新しい発見をする能力のピークを終える人がいる。その人は革新的な発想で論文を提出することも徐々にできなくなっていく。おそらくそこには思考の柔軟性の目減りが影響している。その研究者が、流動性知能、つまり「知識」だけを頼りにしていたら、あとは落ちていく一方だ。

ところがその研究者が「流動性知能主体」の行き方から「結晶性知能主体」の行き方に軸足を移すと事態は変化する。いわば「知恵」を頼りにする行き方だが、『人生後半の戦略書』はその代表例として「教師」をあげている。すなわち、膨大に蓄積してきた情報をしなやかな話術で後進に提供するのである。実際『The Journal of Higher Education』誌等に掲載されている研究によると、教職が若者より高齢者に向いているという傾向が確かにあることがわかる。要するに「発見者」から「教師」へと軸足を「シフト」すれば、研究者は高齢になっても活躍が継続できるのだ。

一事が万事、その他、多くの職業にもこれと似たことが言えるとアーサー・ブルックスは指摘する。

ただし、ことは一筋縄ではいかない。なぜならその軸足の「シフト」が非常に困難だからだ。人はそう簡単に流動性知能を手放せない。知識やスキルで勝負するスタイルから離れられない。なぜかといえば、それらは、たとえば地位や名声を追い求める欲望と分かちがたく結びついているからだ。そのため本書は、どうすれば軸足を「シフト」できるか? に紙幅のほとんどを割いている。そして具体的には、一つは「成功依存症」から抜け出すことを勧めている。まさに地位や名声を求め、それらを成功に必須のものだと思って依存的になる状態から抜け出すことが大切なのだとアーサー・ブルックスは述べる。だが、恐らくそれにはプライドが邪魔になるだろう。流動性知能で長年やってきたのに、それを手放すのは恐怖だろう。では、どうすれば良いか。本書の中から良き対応例を示そう。

①欲や執着を削る

ここで、書籍から一部引用をしたい。

世俗的な欲を管理することを開始しなくてはいけません。それも、今すぐに、です。欲を放置するほど、流動性知能曲線(=同知能の高低を示すグラフ曲線)に足を引っ張られ、今の曲線から飛び出しにくくなってしまう(=結晶性知能主体にシフトしにくくなってしまう)ことを、肝に銘じましょう。

同135㌻、(  )は引用者

仏教でも、真の満足を得るためには欲望と適切に向き合うことが大切だと説くが、アーサー・ブルックスも同じである。そして彼は、真の満足・幸福に目覚めた時、人は流動性知能を手放せると語る。また彼は、それに役立つメソッドの一例として「リバースバケットリスト」の作成を促す。「バケットリスト」とは、自分が実現したいことや夢などを箇条書きにするリストのことだ。

まずはオーソドックスに世俗的な欲と執着のままに「バケットリスト」を作成。次に、5年後の自分がどのようになっていたいかを書き出す。「幸福で、心は穏やかです。自分の人生をおおかた楽しんでいます。満足して、目的と意義に根差した生活を送っています。妻に言います。『今は、本当に幸福だとしか言いようがないよ』」(同137㌻)等々。そして、いま記した「5年後の自分」像と「バケットリスト」を対照し、後者の中から「前者を達成するのに真の意味で資する項目」だけを残し、あとは削除していく。そうしてできたリストを「リバースバケットリスト」と呼ぶのだが、同リストを生き方の目標にすると、先にのべた軸足の「シフト」に少し近づくというのが本書の算段だ。アーサー・ブルックスはこの他にも「①欲や執着を削る」方法をいくつか紹介している。

そして、この項目と同様に、以下の項目も「流動性知能主体」の人生から「結晶性知能主体」の人生へと「シフト」するのに必要なものとして本書で明示される。

②必ず来る「死」という現実を見つめる
③損得勘定なしの人間関係を育む
④信仰的なるものを大切にする
⑤弱さをさらけ出し強さに変える

※他にも項目があるがここでは渇愛する。②~⑤は私なりに読解して理解した表現で、正確性は厳密でない。また、①~⑤等は入れ子状態になっていて相互に関係し合っている

しかも、先の「リバースバケットリスト」作成のように、②~⑤等についても具体的に何をすれば「それ」が実現できるかを提示し、アーサー・ブルックスは、人生の後半戦がワークもライフも輝くようにと、その道筋をつけている。

現代は人生100年時代と言われる。心理学者レイモンド・キャッテルの研究に則るなら、人生のほとんどはピークを過ぎた後の人生ということになる。それはとても長い。30代後半でピークを終えた人は、100年生きるとすると60年以上も「ピーク後」を生きなければならない。その中で、流動性知能で勝負ができる人はごくごくわずかに過ぎない。ほぼすべての人は、もし活躍を期したいのなら結晶性知能で勝負しようとすべきだ。本書は、膨大な研究蓄積の裏づけを用いてそれを勧める。あなたは、どうするだろうか。私は、先に述べた軸足の「シフト」自体を楽しめればと楽観的に考えている。そもそも「勝負から降りる」ということも視野に入れながら――。






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