リリとロロ 「アザンの森」 ⑪ ⑫
これにて完結.°(ಗдಗ。)°.
小気味良い電話の音で目覚める。
見慣れた天井に布団。
今日一日、自分は何をしていたのだろう。
iPhoneの時刻は0時8分。
知らない携帯番号からの電話を不審に思いつつ低い声で応答すると、電話口は年増の女性だった。
「もしもし。燈里ちゃんのお知り合い?」
嫌な予感がした。
全て夢じゃなかったのか。
陽太の肉体が死に、本来の僕に返ってきたのか。
そんなSFがあってたまるか。
オカルト的なものは一切信じない僕だが、直感だけで原付にエンジンをかけた。
燈里はどうなった。
あの親父は?
何があったとしても僕がこの事件の重要参考人になることは免れられない。
ただ一つ、何か放り投げてでも向かわなければならない気がした。
その衝動だけでアクセルを握り、坂を駆け上った。
廃屋の前には軽バンがドクドクと音を立てて停めてあった。
原付を乗り捨て中に入るとフシューッと声にならぬ息を吐く血塗れの男が居た。
小便と血の臭いが混じり合い、それを蒸発させるように怒りに満ちた男が座り込んでいた。
「僕が陽太だよ。」
僕が勢いをつけ蹴りを入れると、男は硝子に顔を擦り、ピクピクと死にかけの金魚のように力無く、ゆっくりと地面に平行になっていく。
ゆっくりと二階へと登るとそこは腐った畳のある和室で、和箪笥と押入れ、丸机がそのままであった。
「信じなくてもいい。」
僕は虚空に語りかけた。
「燈里。陽太だ。
どういうことかもわからない。
ただ全て覚えている。」
物音一つしない。
「僕は通報する。
どのみち誰も思い出してくれないような人間だ。
全ての罪を被る。」
きっと彼女は自分を誘き出すための罠だと思うだろう。
「燈里。お前はもう自由だ。
迷惑をかけてすまない。」
何をしに来たのかわからない。
まるで何者かに取り憑かれていたかのように全身の力が抜けていく。
「ちょっと待って」
押し入れの奥から怯えた声が細くこもった音となって反響した。
動揺するのも無理はない。
今の僕は三十路一歩手前。
先程まで繋いでいた白く肉肉しい手ではなく、何もかもが別人だ。
こんな人間を受け入れようなんて無理だろう。
ただ、そこから聞こえてきた言葉は動揺によるものではなく、僕をひどく混乱させた。
「陽太ならここに居る」
「ここにって。
さっきまで一緒にいたけど、今は一階に、だろ?」
「違う。ずっと一緒にいる。」
「庇う必要なんてない!僕は君の敵じゃない!」
「それはわかるけど、じゃあ、陽太は、」
どういうことだ。
何が起きている。
僕は夢と現実の境目を失ったのか。
気狂いにでもなったか。
いや、あの店から着信があったのは事実だ。
携帯を確認しようと手に取った瞬間、もう一度あの店から電話がかかってきた。
突然の眩さに脳がチカチカしたと思えば次の瞬間、僕は地面に伏していた。
延髄から止めどなく血が流れる。
意識が遠のく中、男が女児を引き摺り出す音がする。
「どういうこと!陽太は?どういうこと?」
初めて聞く燈里の取り乱した声。
狂ってしまった。
全てからどんどん離れてゆき、とうとう、
僕は何も見えなくなってしまった。
「昨夜0時ごろ、〓〓市〓〓区の山中で29歳の男性を殺害、娘である10歳の女児に重傷を負わせた疑いで、羽島光一容疑者(42)を逮捕しました。
羽島容疑者は井上陽貴さん(29)を鈍器のような物で殴り殺害し、居合わせた羽島容疑者の娘(10)を暴行し重傷を負わせたとして〓〓県警は虐待の事実確認を行なっています。」
正木諧 「アザンの森」
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