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リリとロロ 「アザンの森」 ③ ④



面白くなってきたとこです。


「はい。燈里ちゃんと僕、どうぞ。」


この店のママらしき人物が整えた椅子の前にオレンジジュースとポッキーを少し置いてくれた。


「おい!そんなガキに俺は一銭も払わねえぞ!」


「いやあねえ、これは私からの奢りよ。

僕?名前は?お母さんはどこにいるの?」



そういえばそうだ。


この女性も僕の名を知らないし、一見である可能性は高い。


あのクソ親父の子種とは思いたくもないし、その取り巻きの女達がフォローに回ることもないのなら、僕の親は何処に行ったのだろう。

少なくともこの場には居ないことを一瞬の間で察知し、暫くもじもじする素振りを見せた後に答えた。


「陽太。おトイレ借りに来た。」

苦し紛れの嘘だが子供だと大目に見てもらえるだろう。

まあこの際、脳みそは大人の某名探偵状態なのだからなんだっていい。


名前だって、僕をボコボコに殴り蹂躙してきた実父のものだ。

キャバ嬢が源氏名に毒親の名を使う気持ちが少し理解できた。



「そう。お母さん探してるだろうからそれ飲んだらお外を見てごらん。」


厄介ごとは勘弁なのだろう。
やれ誘拐だなんだと騒がれる前にこの場を立ち去って欲しいという表情が一瞬見えた。


子供だってそういうのは気付くんだぞ。


「さあ。」

突っ立っている二人を見兼ねたママが手を広げて見せた。


僕は燈里の細い腕を引き、二人で高い椅子によじ登った。


燈里は戸惑いを見せつつも僕が律儀に手を合わせると、それに倣った。



燈里はオレンジジュースを一口流し込むと、初めて妙に子供らしい目の輝きを一瞬見せた。


わかるぞ。友達の家で振る舞ってもらえるジュースって何故かべらぼうに美味しく感じるよな。


「初めて。」

燈里は飲み切っていないのか喉に水分が残る声で囁いた。


「こんなに美味しい飲み物初めて。」


きっと忙しくしているママには届かず、僕一人だけがその言葉に、その裏に隠されている意味に触れた。


典型的な虐待ってやつだな。

もしやと思い、年相応の振る舞いではないが彼女の着ていた長袖を捲った。


青黒く滲んだ痕。
煙草を押し付けられたであろう水脹れ。
ガラスで切ったであろう治りかけの切り傷。

幼き日の自分を見ているようで居た堪れない気持ちになった。



燈里はサッと腕を隠し、僕を軽く睨みつけた。



「ごめん。ねえ、大丈夫?」


燈里は気を悪くしてしまったのか、無視されてしまった。

彼女が手をつけようとしないので、僕は出された菓子を2本取り、機嫌取りに彼女に分け与えた。



少し前から感じていた違和感。

いつの時代だったとしても、こんなにも横柄な虐待親父を見て見ぬ振りをする取り巻きしか居ない空間はおかしい。

どう考えても普通ではない。

金貸しか?反社か?


何にせよただの子供をサンドバッグにするだけの穀潰しではなく、マトモじゃない商売で生計を立てる人間だろう。



「ねえ、燈里。どうせならさ、二人で逃げ出さない?」



正木諧 「アザンの森」


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