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リリとロロ 「アザンの森」 ⑤ ⑥



今回ドキドキするところです。



わざわざ首を突っ込む話でもないのに、不思議と言葉になって出てしまった。

これはお持ち帰りの常套句とも取れるが、この歳で言うと全く別の意味になった。

いや、現実世界だと完全に誘拐でお縄だ。


少しの沈黙の後、ほころびかけた顔をキュッと締め上げて

「気安く呼ばないでよ。」

と、つっけんどんな返答をくれた。


不思議と彼女の表情には数滴の期待と不安が入り混じっていた。



「おい!燈里!車から俺の煙草取ってこいよ」


ジャリッと音を立てて車のキーが飛んできて、ちょうど椅子の脚に衝突した。


これはチャンスかもしれない。


だいたい、逃げたところでどこへ行くか、そもそも今がどの時代のいつ頃かもわからない。


ただ、この少女がそうしたいのであれば、僕はもうどうなったって良いとさえ思えた。


「はい。」

彼女は従順に鍵を取り出口に向かうさなか、ちらりと僕を見た。


これが彼女にとっての合図なのかどうかはわからない。

モールス信号やハンドサインで教えてほしかったが、恐らくそのような教養も持ち合わせていないだろう。


オレンジジュースを飲み干し、手を合わせ
「ごちそうさまでした。」
一言ママに伝え、勘定の紙に自分の携帯番号を書き置きしておいた。

意味があるかはわからない。

ただ何か、これが夢かどうかを試す必要がある気がした。


スーッと男の横をすり抜けるが、男は取り巻きの女性の胸に夢中で気付く様子はなかった。


ただ静かに階段を登った。


辺りは暗く、秋風が心地良い季節だった。

なんだ、この辺りか。

普段飲み歩くことはないため店名は知らなかったが、幸い土地勘の全くない土地ではなく、時代も現代とあまり相違ない景色だった。


燈里は気付いて欲しいように鍵を鳴らし歩いていたので、小走りで駆け寄る。


「燈里はどうしたいの?」


「聞くまでもないけど。でもどうしようもない。」


「僕にも後がないって言ったら?」



鍵を開け、彼女は助手席に乗り込んだ。

この身体で運転して逃げるわけにもいかないので、後部座席に乗り込んだが、物が散乱している。


「そこに工具箱がある。」

「馬鹿言え、そんな物騒なこと、この身体じゃあ…」

おかしなことを言いかけた。


「そ。ならあなたを巻き込むことないわ。」

「アテは?」

「あったらこんな生活続けてない。」

僕らは車内を漁り始めた。



「相当飲んでたけど運転するのかな。」

そんなの気にしそうに見える?と言いたげに小さく溜息を吐かれた。

乗り掛かった船とは言うが、これはえらく難破船だ。


「おい!」

全く気が付かないうちにあのクソ親父が助手席まで来ていた。



正木諧 「アザンの森」


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