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備忘録|叶わぬ恋の終着点

先日、短編小説として公開した「叶わぬ恋ほど忘れ難い」

わたしがまだ二十代前半だった頃に体験したことである。
勤務先の店長に恋をして、何も伝えないまま離れ、すでに十年以上が経つ。

それほど時間が経っていても、さまざまな恋をしてきても、この恋はわたしの人生において重要な出来事だったな、と。改めて思う。

「叶わぬ恋ほど忘れ難い」のかを、人生を通して検証することができるのだから。

この十数年の検証結果から述べると「忘れることはできない」だ。

だからと言って、店長と再会したいだとか、気持ちを伝えたいだとか、付き合いたいだとか、そういう気持ちはこれっぽっちもない。
あの頃「恋」だった気持ちは、十数年でどんどん形を変えて、今ある気持ちに名前を付けるのであれば「宝物」だろう。店長への気持ちは、今のわたしを形作る「宝物」のひとつに成った。

しかも宝箱にそっとしまっておきたい「宝物」ではなく、頻繁に取り出して光に当てて、眺めていたいタイプの「宝物」だ。
だからこの恋を元に文章を書きたいと思ったし、実際に度々小説や詩や短歌として書き残している。

店長とはその店のアルバイトの面接が初対面だったのだけれど、そのときから不思議なくらい気が合った。
年齢は五つ離れていたけれど、学生時代に聴いていた音楽も、今まで体験してきた様々なことも、それに対する考え方も、これでもかというほど一致して、初対面だというのに大いに盛り上がった。

気付けばアルバイトの面接だというのに、二時間近く話し続け、スタッフに「店長、次の面接の方が来てますが……」と声をかけられるまで、それだけの時間が経っていたことに、お互い気付かなかったのである。

「あー、そんなに経ってた? まずいな、全然仕事してない。あー、とにかく採用で。明日から来れる?」

そんな風に面接の場で即採用されるなんて初めてのことだった。

そしてわたしは店長に恋をして、既婚者であったため気持ちにふたをして、仲の良い店長とスタッフとして仕事に励み、ピアスを開けてもらい、気持ちを伝えないまま、店長の転勤により、この恋は終わった。

知り合ってから離れるまで一年足らずの出来事だったけれど、話せば話すほど、趣味も嗜好も考え方も、驚くほど一致していることが分かり、まるで旧知のように仲良くなった。

毎日のように一緒に大笑いして、退勤してもスタッフルームで話し込み、そのまま深夜までカードゲームに興じ、休日や退勤後には他のスタッフたちも誘って遊びに出かけた。
近くに同業他社が店をオープンさせると聞いて一緒に偵察に行ったり、店をより良くするために新しいサービスや模様替えについて意見を出し合い、それを一緒に実行したりもした。

だからたとえ「恋人」や「夫婦」にならなかったとしても、「親友」や「理解者」にはなれただろう、と。後になって思う。

けれどまだまだ若くて青かった当時のわたしには、自分の素直な気持ちを伝えることができなかった。あれだけ気が合って多くの時間を過ごした人との関係を、大事にすることができなかった。

そのもどかしさが「ピアスホールを開けてもらう」という行動になったし、店長に開けてもらったふたつの軟骨ピアスは、十年以上が経過しても未だ健在である。

ピアスホールを開けてもらったとき、店長は「一生俺を忘れないでしょ?」「半永久的に残るピアスホールにピアスをつけるとき、そこを掃除するとき、髪を耳に引っかけるとき。そういえば昔、店長に開けてもらったなーって。きっと思い出すと思うよ」と言った。

本当にそうなった。
そして何度でも、店長の震えた指先や、声や、「訴えないでね」と頻りに言っていたことを思い出すのだ。
こうなってしまえばもはや「呪い」も同然。未練もない。執着もない。けれどたぶんわたしは、店長のことを一生忘れないだろう。

店長と最後に連絡を取ってからも、七年以上が経つ。
転勤から数年後。店長からメールが届いた。「子どもができた」とだけ書いてある、絵文字も顔文字も、句読点すらない、簡素なメールだった。

わたしはそれに「おめでとうございます、店長子ども大好きですもんね、良かったですね!」と返信したけれど、それきりだった。

わたしはすでに転職していたし、当時のスタッフたちと連絡も取っていない。共通の友人や知人もいないから、店長が今どこで何をしているかは分からない。
けれどこれだけの年数が経ってしまえば、店長との縁はもうすでに切れているだろう。

それでもわたしは、あの恋を生涯忘れないし、「宝物」に成ったこの気持ちを大事にしていく、と。言い切るのだ。

そして「叶わぬ恋ほど忘れ難い」のか、の検証は、生涯続いていく。
あの頃できなかった「大事な人を大事に」しながら。



「大事な人を大事にする」を、今度こそ。

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