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恋愛備忘録|たぶん彼との縁は切れない

事実は小説よりも奇なり。
信じてもらえないようなことがいくつも重なり、
時間を共有するようになった彼とわたしの備忘録。
信じてもらえなくても、すべてノンフィクション。
ちなみに彼とわたしは付き合っていない。


 
 彼と出会ったのは、八月のことだった。
 
 それまで、朝から晩までとにかく仕事、退勤後でも平気で残業をし、休みの日すらも職場に顔を出す、というワーカホリック気味の生活をしていたわたしが、ある日突然、「男の人とデートがしたい!」と思い立ち、登録したまま長いこと放置していたマッチングアプリを開いた。
 
 そのアプリの掲示板で、一件の書き込みに目が留まった。
 
 わたしが一年前に趣味で書いた小説の男主人公と同じ名で、同じ悩みを持つ彼に、わたしは自分の小説の登場人物と現実を混同し、「助けなきゃ!」と思ってしまったのだ。
 
 ただ、自分を小説の女主人公と混同していたわけではない。小説の内容をなぞっていたわけでもない。下心は一片たりともなく、それでもこの行動に名を付けるとするならば「親心」だろうか。小説の中の男主人公と女主人公を生み出した「親」として「子」に手を差し伸べる。そんな感覚だった。
 
 だから、返信は全く求めていなかった。自分や友人らの体験談を書き連ね、最後に「あなたが納得できる場所に着地できますように」という旨の、マッチングアプリの使い方を間違えているような、完全に自己満足のメッセージを送った。
 
 けれど律儀な返信が届いたので、「参考になればいいのですが」と返事をし、やりとりを終わらせようとした。
 が、また律儀な返信があり、わたしもそれに「気にしないでください」と返事をする。しかしまた律儀な返信が届く。
 そうして予想外にやりとりが続き、個人的な連絡先を交換することになった。
 
 やりとりを続けているうちに、好きなミュージシャンが同じだということが分かり、盛り上がった結果、数日後には会う約束をするという急展開。ここまで一週間の出来事である。
 
 
 仕事が終わった深夜、初めて会った彼の第一印象は「好みの顔ではない」だった。
 
 穏やかで優しそうな顔をしている、ほっそりした、爽やかな男性。声の響きも柔らかく、なるほど、あの律儀な返信をするのも納得だ、という印象だった。
 わたしが今まで好きになり、付き合ってきた男性たちとはまるで違う。歴代の恋人たちは皆がっしりとした体形で、野性的で情熱的な……友人曰く「優さんはゴリラが好き」というほどの男性ばかりだった。
 
 東北の片田舎で、深夜に開いている店などなく、ホテルに入ってゆっくり話すことにしたわたしたちは、そこで衝撃的な事実を知る。
 
 今は実家を出ているが地元が同じ。出身中学校も同じ。年齢的には彼が中学三年生のとき、わたしが一年生だった。結果、知っている先生や同級生たちのエピソードが、出るわ出るわ。
 そうしているうちに、実家の数軒先で親戚が美容室を営んでいるという話になり、彼が「今でもそこで髪を切ってもらっている」と言い出し……。
 
 恐る恐る実家の情報を挙げ連ねていくと、彼の実家とわたしの実家が、お隣さんだということが分かった。
 お互いの祖父母たちは昔から交流があったものの、その孫であるわたしたちに接点はなく、存在は知っていても、名前すら知らない間柄だった。彼に至っては、我が家の名字すら知らなかった。
 
 正直な話、引いた。小説や映画でこんな展開を目にしたら「陳腐なご都合展開」とげんなりしてしまうようなことが、現実で起きていた。
 
 まさかお盆やお正月に、実家の洗面所で歯を磨きながら、隣家の庭に停まった車を眺め「ああ、今年も隣のお孫さんが帰省してるわ、もうそんな時期なんだなあ」と思っていたその人が、今、目の前にいるなんて。
 しかも突然思い立って開いたマッチングアプリで、一年前に書いた小説の男主人公と同じ名前と悩みを持つ、何の下心もなくメッセージを送った男性だ。
 
 そんな人とまさか、「おばあちゃん最近元気?」「元気だよ」「おばあちゃんズ、よく庭で世間話してたんだよ、同い年だから仲良くて」なんて話すことになろうとは。
 そんな人とまさか、不定期で深夜のデートをする関係になろうとは。
 
 
 それから数ヶ月。わたしは「好みの顔ではない」彼を心の底から愛すようになり、何があっても想い続ける覚悟を決めた。彼の選択は、彼のものだから分からない。
 
 けれど確実に分かっていることがひとつだけある。
 彼との縁は、たぶん切れないだろう。たとえこの先、わたしたちの間に「何も」「なかった」としても、お互いの実家がそこに在り続ける限り、一生、お互いの存在を感じることになるのだから。
 


 

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